2006年04月30日

タウト

「外国人にとって、この美しい国土をその自然またはその寺院や庭園などよりも以上に魅惑的ならしめる所以のものは、実に生活のあらゆる事象の中に今もなお生きている日本の伝統である。しかしながらかの自然や寺院の類といっても、ここに述べた意味での伝統から引離して考えることは出来ない。自然を愛護することによって、また新しい自然の片鱗が現れてくる。

日光の将軍のために植えられた杉並樹は、そのよい一例である。ところがまた一方、比叡山の雄渾なる杉林による自然はさらにそれを凌駕している。森林や自然美の保護は芸術にも反映し、宗教的伝統によって制約されている。多くの寺社において、印象の美しさは建築そのものよりも、むしろ建築が自然といかに分ち難く結合されているかという点から生じている。これらの事柄をまず遺漏なく論述するのは、万巻の書を書き連ねても及ばぬことである。それにもかかわらずこれに言及することが重要であるというのは、最も本質的な日本というかたちのものがここに還元されているからである」


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ブルーノ・タウト(1880年生まれ・ドイツ)

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ニッポン―ヨーロッパ人の眼で見た・ブルーノ・タウト(著)

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タウト

「さていかに肥満した肉付けであるにせよ、力士にはやはりある種の洗練、気品というものが大事にされている。これは柔術、剣道、弓道の如き武技においてもその通りである。すべてはまず第一に眼に付くのは良き態度であって、相手を負かそうとする熱ではない」

「経歴」

ブルーノ・タウト(1880年生まれ・ドイツ)

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ニッポン―ヨーロッパ人の眼で見た・ブルーノ・タウト(著)

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タウト

「日本の住宅や料理店で外国人がことに快い雰囲気の源泉を求めるなら、それにはまず第一に茶の湯を挙げなければならない。日本固有の産物である緑茶を粉末として、伝統の風習と道具を以って、特殊な瞑想と静寂とを具え、また一切の俗塵を避けた茶室という抒情的に極度に醇化された建物のなかで、沈黙を尊びながら、しかも社交形式として嗜まれるということは、実に賛嘆措く能わざるものがある。

このことは、トルコ人の厳かなモカ接待をいささか想起せしめる。事実緑茶には、いつまでも後味が残る点で、トルコのモカと似たところがある。しかし、客や主人の物腰は、接待室の模様が厳かでありながら、しかものんびりとくつろいだ調和、その中で友情の表現として一同楽しむこの日本的形式、鼎座して、見、味わい、沈黙するこの悦楽は、長い文化の発達の成果である。かるがゆえそれは自然であり、拘束がないのである。そしてこれに続く会食はそのため独特な典型的な日本的調子を帯びている。室の建築は実にこれらのことからの帰納にほかならない」


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ブルーノ・タウト(1880年生まれ・ドイツ)

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ニッポン―ヨーロッパ人の眼で見た・ブルーノ・タウト(著)

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利休百首・綾村 坦園(著)

新訳・茶の本―ビギナーズ日本の思想・岡倉 天心(著)
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タウト

「私はまた、日本が日本自身の運命を決するような大問題を、いつかは必ず解決するであろうことを信じて疑わない。その暁においては、近代文化と近代芸術の新しい黄金時代が日本から発現されるであろう」

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ブルーノ・タウト(1880年生まれ・ドイツ)

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ニッポン―ヨーロッパ人の眼で見た・ブルーノ・タウト(著)

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2006年04月28日

タウト

「既に述べたように統一的尺度が極度に厳守されているにもかかわらず、桂離宮は、諸均斉が公式的にばかり運用されているわけではないということが看取される。後年コルビュジエによって採り上げられたベルラーへの理論を信奉する現代建築家が、桂離宮の諸室の見取図に対角線を引こうとしても、空しく絶望するばかりであろう。このような建築物は実に、究極の細緻な点が合理的には把捉し得ないがゆえに古典なのである。その美はまったく精神的性質のものである。

このことは、桂離宮の御苑を見るとまったく明瞭になる。来客の控の間の前の竹縁のいわゆる月見の縁がある。ここから御苑全体が池を含めて見渡される。それは実に涙ぐましいまでに美しい。形状の豊さ、石の上には数多の亀がいて、その首を高く擡げているものもあれば、音立てて水中に飛び込むものもある。我々はここで、他のいかなるものにも類うべくもない、純日本的な、しかも全く独自な新しい美に遭遇する」


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ブルーノ・タウト(1880年生まれ・ドイツ)

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ニッポン―ヨーロッパ人の眼で見た・ブルーノ・タウト(著)

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桂離宮―日本建築の美しさの秘密・穂積 和夫ほか(著)

桂離宮 修学院離宮・京都新聞出版センター(著)

つくられた桂離宮神話・井上 章一(著)

「関連HP」

宮内庁HP・桂離宮
posted by 日本人 at 12:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 建築 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

タウト

「桂離宮とその御苑、それは極めて鞏固な統一体をなしていて、人馴れた蜥蜴や青蛙や亀のような動物すらも、切り離すことのできない一部分となっているのである。入口の前庭はその建築によって人の心に深い感銘を与えるが、それは在来の芸術史の概念に従えば、実は全然建築芸術ではない。ここでは竹で出来た檐樋と堅樋とが建築様式であると同時に、実用的な心需品なのである。すなわちここには、無趣味な実用性の立場から見てすらも、機能主義が完全に発揮されているのである。現代の建築家は、この建築物が、最も簡明直截にその種々な要求を満たしているという点において、断然現代的であるということを確認して、驚異の眼を瞠るであろう」

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ブルーノ・タウト(1880年生まれ・ドイツ)

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ニッポン―ヨーロッパ人の眼で見た・ブルーノ・タウト(著)

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桂離宮―日本建築の美しさの秘密・穂積 和夫ほか(著)

桂離宮 修学院離宮・京都新聞出版センター(著)

つくられた桂離宮神話・井上 章一(著)

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タウト

「天皇-将軍という日本の大きなアンティーゼはまた同時に神道-仏教の反立でもある。我々にとっては日本の複雑精緻を極めた、真に厳粛なる宗教的情感を理解することは、容易ではない。しかし、神道が独特な形で日本人とその国土と結び付けているという一事だけは頗ぶる明瞭のように思われる。神道の起源は二千五百年前の昔に遡り、神道自体がそのために日本と完全に癒合してしまっているので、そこに問題となるものは、仏教の場合とは反対に、本来日本的なものである。しかもそれは、神道における国民的なるものは既にむしろ地理的なるもの島国日本に独自なるものであるという意味においてである。

すなわち神道は日本人をその美しい国土と結び付けているばかりでなく、各個人を社会的意味におけるこの国土の一部分として互いに結合させているのである。天皇をそのご先祖達とする先祖崇拝は実にこのためなのである。その際、天皇はむしろ政治上の実権の掌握者ではない。将軍と並び立たれていた長い年月にわたって既に事実上は政治的主権者ではなかった。天皇はむしろ日本の国土の、またその国民の、国民精神の、風俗の、文化の結晶であらせられるのである。

天皇の御位置は何人によっても疑いを挿まれなかったので、特に天皇が天皇であられる御位置を綺羅びやかな表現で強調する必要はごうも存しなかったのである。天皇は文化の高い古の宮殿が如実に現している如く、究極の醇化、簡素、質朴を示す日本独自の文化を代表されておられるのである」


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ブルーノ・タウト(1880年生まれ・ドイツ)

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ニッポン―ヨーロッパ人の眼で見た・ブルーノ・タウト(著)

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タウト

「友人は私達夫婦をある日本式旅館へと案内してくれたが、そこではまず玄関で女中や番頭が驚くばかり丁寧に御辞儀をして私達を迎えてくれた。私達は靴を脱いで、軽い昼食を取るために畳みの上に坐った。以前には夢のような想像を心に描くばかりであったその新しい国は、今このようにして私達をその腕の中に抱いたのである。

外は雨と嵐とそして湾上に立ち騒ぐ波の音、内は大きな軽い障子が風に揺れて鳴っていた。室は驚くばかり明瞭簡素である。箸を使っての食事は、私達の手に試練を課した。刺身、貝、海草等々それに酒や日本茶の珍味、その上給仕となると、これはヨーロッパの女給のようにただ食事の上げ下げをするだけではなくて、いわば社会の一部をなすものであった。-これらのことは総じて新奇なこととして、ただただ美しいばかりであった」


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タウト

「皇室と将軍家との意義を、それと平行的位置にある神道と仏教というものに関連せしめて、少なくとも普遍的に解釈するならば、這般の消息に近づくことが出来よう。まず日本では「皇帝」という表現は誤解を醸し易い。何故なら「皇帝」なる語はシーザーと同義であるからである。その後継者が彼の名を称号に用いたローマのシーザーは、「皇帝」なる語に適わしいナポレオンと同様に、日本の「みかど」または「天皇」とは全く性質を異にしているのである。シーザーとナポレオンは独裁者の簒奪者で、彼等は独裁的に政治的権力を掌握したのであって、この点ではむしろ日本の「将軍」に比すべきものである」

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2006年04月26日

タウト

「外国の意見というものが個人個人の自国に対する認識の上に、すこぶる大きな影響を与えることはよくあるのである。日本人の眼は今極めて強く西方に向けられているがゆえに、それだけ強く日本人の自国に対する観念が、西欧の批判によって影響されているのである。そしてこの影響の害毒が流す危険はすこぶる大きい。

日本人自身と接触して得た私の印象からすると、外国におけると同様に、文献上の歪曲は次のような二つの方向に向かってなされているものと思われる。すなわち第一には古い伝統が感傷的にしてロマンティックな眼で見られるということ、第二にはこれに反して現代日本の変化がヨーロッパからも、それぞれの差こそあれ単なる外形的模倣と見做されるということである。この二つの見方ははなはだ危険である。

ヨーロッパとアメリカが日本についてどう考えているかということは決して重要なことではない。しかしながら日本人が自己とその新旧文化についていかに考えているかということこそ、国家の宿命ともなるべきものである。真の国家意識、他の国に対する態度、それから最後に将来の日本が全世界に対して持つであろう価値、すべてはこの一事の如何に帰するのである。

この観点からすれば「日本」という問題は、もはや日本のみの問題ではなくして、世界全体の問題である。この国もまたその国民の自覚の低下にともなって、次第に退屈に、無味乾燥になり始めるとしたら、それは全世界にとって恐るべき損失であろう」


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タウト

「日本は実に、太初以来その固有の独自な文化を、外部の妨害を受けることなく自主的に今日に至るまで進展させ得たところの国土である。日本は幾世紀の間にしばしば外国の影響を摂取同化し、日本的なものへと変形し、その結果再び日本的なものを生み出したのであった。現代の日本もまた同一の問題の前に立たされている。現代の日本は、良き伝統の大きな重みと、新しきものを公平に正視し得るであろう若々しい弾力性とを以って、その前に立っているのである。

日本は、中国の影響を克服同化した、その過去数世紀間の業績に基づいて、世界に寄与するところ大いなものがあった。今日、日本の任務は一層困難であるように思われる。しかし一方、今や世界を漸次無味乾燥ならしめんとするかの感ある近代技術の画一化的影響をも、日本は日本的なるものに移植するであろう。換言すれば、それを一つの日本独自の文化へと変形せしめるであろう。かくして日本はまた世界に新しい大きな富を齎すであろうと信ずるのである」


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タウト

「乗船している人々のタイプはウラジオストックにいる中国人のそれとはまったく趣を異にしていた。中国人は全然打ち解けたところがなく、どんな下級の苦力でも外界のことはまるで無関心でいるように見えた。これに反し日本人は外見上はすこぶる控え目であるにもかかわらず、開放的で活発で弾力性がある。この点にもまたヨーロッパ的性格との関連性があるのである」

「経歴」

ブルーノ・タウト(1880年生まれ・ドイツ)

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タウト

今日の近代建築が世に出た頃、すなわち1920年前後にヨーロッパ住宅の簡素化に最も強い推進力を加えたのは、大きな窓や戸棚を持ち、まったく純粋な構成を有する簡素にして自由を極めた日本住宅であった」

「経歴」

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2006年04月25日

タウト

「友人は私達夫婦をある日本式旅館へと案内してくれたが、そこではまず玄関で女中や番頭が驚くばかり丁寧に御辞儀をして私達を迎えてくれた。私達は靴を脱いで、軽い昼食を取るために畳みの上に坐った。以前には夢のような想像を心に描くばかりであったその新しい国は、今このようにして私達をその腕の中に抱いたのである」

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タウト

「私達が天草丸に乗船した時には、実際船は非常に清潔で、船員の服装の軽快さ、静粛円滑な貨物の処理、船室の振り当てなど、すべてが何か別世界のような気がしたが、それにもかかわらず自分の国のような親しみを覚えた。

が船上の新しい世界はごく小さな、ほとんど取るに足らぬ印象の中に姿を現して来た。きちんと揃えられた革のスリッパを見た時は、さほどにも感じなかったけれども、寝室の上に器用に畳まれた白地青縞のある毛布を見ると、ますます新しい世界に来たことがはっきり感ぜられた。その一枚は花の形に、もう一枚は波形に畳まれていたのである。これで見ると、日本のスチュワードは、現代の汽船で働いてはいても、日本の浮世絵師や意匠家の器用さをその血の中に持っているのであろう。

このような構図は、寝床の平面を芸術的効果を出す手段に用いたそのやり方や、独特な意匠に見ても日本人にのみしか現われ得ないものであった。これは日本の特質が現代の生活形式にどういう風に表現し得るか、ということに対する最も卑近な証左である」


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ブルーノ・タウト(1880年生まれ・ドイツ)

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タウト

「日本が世界に贈った総てのものの源泉、日本のまったく独自な文化の鍵、全世界の讃歎惜く能わざる、完全な形式を備えた日本の根源、-外宮、内宮、荒祭宮、の諸宮を有する「伊勢」こそこれらの一切である。

あたかも天の成せるが如きこれらの造営物を描き写すことはとうてい出来ない。それがどのくらい年代を経たものかもわからない。それは形の上に現れているところでは決して古くはならないのである。-それらは二十一年目ごとに新しく造営され、白絹の立派な装束を纏った工匠達は、次の社殿に用いる素晴らしい檜材の仕上げに絶えず励んでいる。この新しい社殿は、「古い」が実際にはまだすこぶる生々しい社殿の傍らに組み立てられるのである。新築にあたっては、その形式には何等の改変も加えられない。このようにして、既に六十回以上も新築が繰り返されて来ったのだということである。造営者の名は誰一人知る者もない。その形式は国家への貴重な天の賜物であって、国家はそれが絶えず新鮮な材料によって頽齢の腐食のため朽つることのないように心を労しているのである。この事実一つの中にも、何という崇高な、まったく独特な考え方が現れていることであろう!

言葉で並べることも、絵によって印象を伝えるなどということも出来ない。ただ現場に赴いて、自分の眼で見るより他に仕方がない」


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ブルーノ・タウト(1880年生まれ・ドイツ)

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ニッポン―ヨーロッパ人の眼で見た・ブルーノ・タウト(著)

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伊勢の神宮―祈りの心・祭りの日々 日本人の原点回帰を求めて・ 南里 空海(著)

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伊勢神宮HP
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タウト

「日本の文化が世界のあらゆる民族に寄与したところのものに対して、多少なりとも心を動かされる人は、親しく伊勢に詣でねばならない。そこにはこの文化のあらゆる特質が一つに結晶しており、それゆえに単なる国民的聖地より以上の何ものかが見出されるのである。外宮を持った伊勢は-一言にして言えば-そもそも建築術の神殿であるのだ」

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ブルーノ・タウト(1880年生まれ・ドイツ)

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ニッポン―ヨーロッパ人の眼で見た・ブルーノ・タウト(著)

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日本美の再発見・ブルーノ・タウト(著)

伊勢の神宮―祈りの心・祭りの日々 日本人の原点回帰を求めて・ 南里 空海(著)

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2006年04月24日

シュネー

「互いに闘い合っている中国人の軍隊はつねに本気で戦場に出ているわけではなかった。これらの兵士の中には、他ではなかなか生活資金が得られないので、軍隊に入ったという者が多数いた。ハルビンでは次のような話が信用できるものとして流布していた。すなわち兵士の多くは、いつでも変えられる二種の腕章をもっている。彼らはあるときは、吉林軍すなわち「満州国」軍および日本軍と敵対する中国軍のしるしをつけているというのだ。

ここで問題になるのは伝統的な中国兵のあり方である。昔から中国に長いこと居住する欧州各国人の話によると、兵士は圧倒的に下層階級出身者が多かった。彼らは兵士も職業の一つとみなしていた。給料は月に二、三ドルにすぎず、生計を保つのはむずかしく、金持ちになるためには戦利品を略奪するのが一番簡単であった。上流社会の中国人は一般に兵士を見くだし、自ら軍隊に入ろうとはしなかった。古くからの考え方によれば、軍隊に入るのは恥ずかしいことであった」


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ハインリッヒ・シュネー(1871年生まれ・ドイツ)

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「満州国」見聞記―リットン調査団同行記・ハインリッヒ シュネー(著)

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シュネー

「中国人も他の国の国民と同様、長所がある半面多くの欠点があることは言うまでもない。その一つに数えられるべきものは、いわゆるsqueezeの流行である。これは古くからの伝統的習慣で、だれでもできるだけ好機を見逃さず他人の金を自分のふところに入れてしまうことである。ボーイは買い物の世話をするとき釣り銭をごまかし、役人は国庫などに収めるべき金の一部をピンハネし、上役は部下の給料を支払う前にその何パーセントか上前を着服するというわけだ。中国人のもう一つの欠点はアヘンの吸飲で、その絶滅のための政府、関係筋の努力にもかかわらず、あいかわらず流行している。このほか、盗人が横行していることも中国の汚点にかぞえられるであろう。たしかにこうした暗い面は数多くあるが、それでも公平な観察者は、中国人は一般に大変明るく、美しい特質をもっていると考えている」

「経歴」

ハインリッヒ・シュネー(1871年生まれ・ドイツ)

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「満州国」見聞記―リットン調査団同行記・ハインリッヒ シュネー(著)

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シュネー

「省境を越え、安徽省に入ると、やがて寸土も余さず、くまなく耕された沃土が展開した。右側に海のように大きな湖が現れた。聞くところによると、湖中には多くの島があり、そこに何世代にもわたって盗賊が住みついていた。そして盗賊は夜中、公道をうろついて追い剥ぎをするばかりか、ときには人家を襲うため官憲も持て余しているとのことであった」

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ハインリッヒ・シュネー(1871年生まれ・ドイツ)

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「満州国」見聞記―リットン調査団同行記・ハインリッヒ シュネー(著)

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