2006年06月28日

シロニー

「ユダヤ教では神を宇宙の中心と位置づけ、自然を神の創造物と考える。自然が神を崇拝するのであって、自然の美しさがユダヤ教において重要な位置を占めることはまずない。ミシュナによれば、ユダヤ人が旅の途中で学習を中断して「ああ、なんと美しい村だ」、「ああ、なんと美しい野原だ」などと口にすると魂が危うくなるという。

神道という宗教では、自然の精妙な美しさや恐ろしさを神々の表れとして見て、それを崇拝する。特に美しい場所には神が宿るとして神聖視される。このような美の崇拝は日本文化の中心的要素であって、その点では古代ギリシャとよく似ている。しかし、ギリシャ人が究極の美を人間の姿に見いだしたのに対し、日本人はそれを景観に見いだす。ユダヤ教が倫理観志向であるのに対し、日本人は美意識志向なのだ。日本の仏教はこの志向に適応し、独自の美的感覚を通じてそれを完成させた。日本の芸術における真言宗と禅宗の影響はその好例である」


「経歴」

ベン=アミー・シロニー(1937年・ポーランド)

「参考書籍」

ユダヤ人と日本人の不思議な関係・ベン=アミー・シロニー(著)

「関連書籍」

国民の芸術・田中 英道(著)

禅と日本文化・鈴木 大拙(著)
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2006年06月22日

シロニー

「エジプトのユダヤ人も日本の勝利を聞いて歓喜し、生まれた子供に日本の軍人の名前をつけたりした。トーゴー・ミズラヒもそんな子供たちの一人で、これは日本海海戦の英雄、東郷平八郎にあやかったものだ。トーゴー・ミズラヒは成長してエジプト映画界の草分けとなり、アレキサンドリアにトーゴー撮影所を作って自ら作家、俳優、プロデューサー、監督として一九三〇年代のエジプト映画界で活躍した。なお、彼のペンネーム「アーマド・アル・マシュリキ」の「マシュリキ」は「ミズラヒ」のアラビア語形で、「東洋」のことである。 アメリカ・ユダヤは帝政ロシアから移民してきたばかり者も多く、日本の勝利を熱烈に歓迎した。戦争開始から間もない一九〇四年二月二十六日付けの「ジューイッシュ・クロニクル」紙(ロンドン)は、ジョージア州アトランタのユダヤ人が、日本のために戦艦を購入して「キシネフ」と名づけようと、三百万ドルの募金を集めたと伝えている」

「経歴」

ベン=アミー・シロニー(1937年・ポーランド)

「参考書籍」

ユダヤ人と日本人の不思議な関係・ベン=アミー・シロニー(著)

「関連書籍」

日露戦争物語―天気晴朗ナレドモ浪高シ (第1巻)・江川 達也(著)

「坂の上の雲」では分からない日本海海戦―なぜ日本はロシアに勝利できたか・別宮 暖朗 (著)
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2006年06月20日

シロニー

「日本人はおおいに中国文化を取り入れたが、同時に自分たちの固有文化を放棄することは頑なに拒んだ。仏教や儒教を採用しても、後に神道と呼ばれる在来宗教は維持した。中国語の語彙が数多く入ってきたが、本来の日本語はそのまま残した。漢字を採用しつつ、それを補う日本独自の表音文字体系を発達させた。さまざまな中国の制度を導入したが、どれも日本の慣習にあわせて手直しした。結果として日本人の自信は、中国の影響によって強まりこそすれ弱まることはなかった。中国の進んだ文化や思想を取り入れることで、自分たちは中国人と対等であると考えることができ、さらに、そこに日本的なものを付け加えることで、かえって優秀性を主張することができたのである」

「経歴」

ベン=アミー・シロニー(1937年・ポーランド)

「参考書籍」

ユダヤ人と日本人の不思議な関係・ベン=アミー・シロニー(著)

「関連書籍」
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2006年06月17日

シロニー

「ユダヤ人の歴史は族長アブラハムとともに始まり、日本人の歴史は神武天皇に始まる。「われわれ」対「彼ら」という線引きをこれほど鋭く、明確に、しかもこれほど長きにわたって維持してきた民族は他にいない」

「経歴」

ベン=アミー・シロニー(1937年・ポーランド)

「参考書籍」

ユダヤ人と日本人の不思議な関係・ベン=アミー・シロニー(著)

「関連書籍」
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2006年06月15日

シロニー

「ユダヤ人と同じく日本人も、その文化と宗教を同じ民族のなかだけで守り続け、他の民族に広めようとはしなかった。他民族にはわからない言語を話し、部分的ではあるが独自の文字を使って記述し、独特の方式で年月を数え、自分たちだけの民俗宗教に執着し、まったく独自の神話を大切にした」

「経歴」

ベン=アミー・シロニー(1937年・ポーランド)

「参考書籍」

ユダヤ人と日本人の不思議な関係・ベン=アミー・シロニー(著)

「関連書籍」
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2006年06月14日

シロニー

「神武天皇は敬虔な君主だったが、他宗教の偶像を破壊することはしなかった。神武が守った父祖の宗教は、現在では神道と呼ばれているが、その教儀は多神教的かつ汎神論的なものだ。神武は偶像を破壊するどころか、自身が「八百万」の神々の一人になっている。 後にユダヤ教と呼ばれる宗教の始まりは、精神的な革命であった。それまで信じていたものを大胆に否定し、より高いレベルの信仰体系を勇気を持って主張したのである。神格が多数から一へと減少することは、単なる算術の問題ではない。それは宇宙の根源的な統一を是認することであり、その根底にある道徳的な目的性を認めることである。つまり一神教への移行は、量的なものではなく質的な変化だったということだ。

いっぽう神道には革命的なものは何もない。新たな真実を主張しようとはせず、この世界と人間のあるがままを喜んで受け入れた。他の汎神論的宗教と同じように、神道も遠い祖先の霊を崇め、農業の季節的周期を祝い、大地の豊穣と子孫繁栄を祈った。その目的は、自分たちを取り巻くこの世界をつかさどる神々や霊を喜ばせ、その怒りを鎮めることにあった。したがってさまざまな点で神道は、ヨーロッパや中東を支配していた多神教、すなわちユダヤ教とその派生宗教であるキリスト教およびイスラム教が登場する以前の土着宗教に似ているのである」


「経歴」

ベン=アミー・シロニー(1937年・ポーランド)

「参考書籍」

ユダヤ人と日本人の不思議な関係・ベン=アミー・シロニー(著)

「関連書籍」

神道とは何か―自然の霊性を感じて生きる・鎌田 東二 (著)


ユダヤ・キリスト・イスラム集中講座 宗教紛争はなぜ終わらないのか・井沢 元彦(著)
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2006年06月12日

ロス

「戦争にまで発展した「支那事変」に基づき、日本では「東亜新秩序」と呼ばれている、アジアにまったく新しい表情を与える目標が設定された。 「東亜新秩序」という日本の目標を単に軍事的にのみ評価するならば、日本の目標をまったく誤解し、過小評価することになるとわたしは信じている。民主主義諸国家とくにアメリカにとって日本は好戦的国家であり、平和を望む中国を襲った日本人は好戦的「軍国主義」の国民である。こうしたありきたりの見解にしたがえば、日本は盲目的な征服欲に駆られ、中国において果てしのない軍事的冒険に乗り出したが、ついに日本は-人々が予想している通り-挫折するということになる。 

だが、極東に短期間滞在しただけでも、このような見解は問題を危険なほど一面的に見ているということがわかる。そのためには何も盲目的な親日家である必要はない。 ただ「支那事変」の二つの側面をよく観察し、中国人と中国文化のきわめてすぐれた特性を知り、かつ愛することが望ましい。 わたしはそもそも日本の欧化、軍事的成功とくに国際経済面での欧米諸国との経済的競走が、日本人の東亜を見る目、すなわち日本国民の精神面における基本的性格を曇らしてしまったと信じている」


「経歴」

コリン・ロス(1885年・オーストリア)

「参考書籍」

日中戦争見聞記―1939年のアジア・コリン ロス(著)

「関連書籍」
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2006年06月11日

ロス

「日本人は他にいろいろすぐれた特性をもっているが、一つだけ大きな欠点がある。日本人は何事も決定できず常にすべてをしかも同時に望んでいるということだ。このことは経済面と同様、政治面、軍事面でもあてはまる、わたしの見解によれば、こうした欠点があるために、終局的に成果をあげつつ日中戦争を終わらせることにこれまで失敗してきた。 もちろん、これらすべての経済的な困難だけが日本にとっての危機到来を意味するわけではない。まず日本人は模範的に祖国愛に燃え、おのれの身を犠牲にする用意があり、祖国にいたって忠実である。それに日本にはいまだに多くの原料、半製品、それに食糧がある。日本の経済危機の本来の理由は、日本人が、もろもろの根本的決意、決定を、最後の瞬間まで回避していることである。 日本人は当座の間に合わせに終始する民族である。もはやどうにもできなくなると、日本人は自助の精神を発揮し、すみやかに、しかも巧みに行動する」

「経歴」

コリン・ロス(1885年・オーストリア)

「参考書籍」

日中戦争見聞記―1939年のアジア・コリン ロス(著)

「関連書籍」
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2006年06月10日

ロス

「東亜新秩序は次のような最終目標をかかげている。すなわち日満中三国は共同で共産主義を打倒し、密接な経済協力の下に新しい文明を築きあげるべきだというのだ。 しかしこの日本のプログラムをただ政治、経済面でのみ見るのはまちがっている。このプログラムに先行する軍事的な征服にも、精神的動機が秘められている。 平沼は、日本国民の使命感を表明したのだ。こうした日本人の信念、使命感は普遍的であり、一方的に軍事的世界征服をうたっているのではない。少なくとももっぱら軍事的世界征服を企てているのではなく、日本を世界の模範にするのがねらいである」

「経歴」

コリン・ロス(1885年・オーストリア)

「参考書籍」

日中戦争見聞記―1939年のアジア・コリン ロス(著)

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2006年06月09日

ロス

「日本は現人神の天皇の存在にもかかわらず、政治的な面では非常に限定された全体主義国家に過ぎず、経済的な面では今日でも依然として自由経済に固執している。 もちろん、これがすっかりあてはまるのは理論面だけである。実際には軍部の圧力があり、多くの干渉に甘んじなければならない。もっともこれには留保がある。日本には今のところ二つの流れがある。一つは陸軍、とくに青年将校たちのグループで、彼らは社会主義化とまではいわないまでも、統制経済を主張している。もう一つの流れは、自由経済に飽くまで固執する大資本である。その結果がいい加減な妥協であり、日本はそのためにますます苦しみ始めている」

「経歴」

コリン・ロス(1885年・オーストリア)

「参考書籍」

日中戦争見聞記―1939年のアジア・コリン ロス(著)

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2006年06月08日

ロス

「日本人はすぐれた兵士である。そして好戦的民族であることにより近代戦においても危険な的となる。そうはいうものの、こうした好戦的精神は日本の国民性のごく一部を占めるに過ぎず、おそらくその中のもっとも目立つ点でもない。きびしい戦時下に、重大な事物の成否が賭けられている戦争の最中に、花見をたしなむため、兵士たちが中隊ごとに引率され公園を散歩していることなど、西欧的概念をもってしてはただちに理解できない。とりわけアメリカ合衆国でしきりに宣伝されているような、残忍非道な戦士としての日本人の観念にはまったくそぐわないであろう。

これを説明すると次のようになる。 日本人は単に戦士なのではない。まず第一に戦士、というわけでもない。そればかりか日本人はそれよりも強い度合いで、繊細でものに感じやすい魂と精神を重んじる人々である。 彼らは一般に霊的な価値を高く評価し、西洋人より、少なくとも西洋人がこれまで慣れ親しんできたより一層霊的なもの、精神的なものに身を入れて取り組んでいる」


「経歴」

コリン・ロス(1885年・オーストリア)

「参考書籍」

日中戦争見聞記―1939年のアジア・コリン ロス(著)

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2006年06月07日

ロス

「いかなる瞬間にも、宗教に深く根ざした日本の状況を見失うことさえなければ、日本の国家観を正しく理解できるであろう。もろもろの可能性を備えた日本の政策は「わが父の家には多くの部屋がある」との聖書の言葉によっていちばん正しく評価できるであろう。ナチスドイツの人々でも、本質的な事物において日独両国民の思考に共通性があることによって、かなりの影響を受けるのはたしかだ。しかし、しばらく時が経てば、たとえ日本人が全体主義国家の一つに数えられることを激しく拒否したとしても、日本人の言い分を納得するに違いない。 たしかに日本は全体主義国家の一つではあるが、やはりそうではないともいえる。日本はいつかその内的な本質にいささかも影響を受けることなしに、外交政策において根本的にまったくちがう道を歩むことになるかもしれない」

「経歴」

コリン・ロス(1885年・オーストリア)

「参考書籍」

日中戦争見聞記―1939年のアジア・コリン ロス(著)

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2006年06月06日

ロス

「そのうち荒木文相は「皇道」の定義として「天皇の共和国」という表現を用いた。この表現はたしかに最初の瞬間には不合理なたわごとに思われたが、根本的には実に適切であった。ヨーロッパ人にとって「天皇の共和国」は自己矛盾そのものである。二つの概念はたがいに相手を排斥し合うからである。だがアジア人にとっては、この対立のなかにはじめて完全、完成があるのだ」

「経歴」

コリン・ロス(1885年・オーストリア)

「参考書籍」

日中戦争見聞記―1939年のアジア・コリン ロス(著)

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2006年06月05日

ロス

「日本国民は相変わらず無邪気でほがらかで愛嬌がある-そして上品だ。地球上で日本人に匹敵できるほど、親切で礼儀正しい国民はないであろう。 しかし以前から日本人を知っているものにとっては、彼らの陰影が気にかかる。日本人はきまじめな底流があることを見すごすわけにはゆかない。だが、こうした態度を不安とみなすのはおそらくまちがっているだろう。むしろわたしはこうした増大するきまじめさの中に、いつかは世界歴史の上で重大な影響を及ぼすような決意が秘められているように思う」

「経歴」

コリン・ロス(1885年・オーストリア)

「参考書籍」

日中戦争見聞記―1939年のアジア・コリン ロス(著)

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ロス

「ヨーロッパ人として、そもそもアジア人から学ぶことのできる最良の事柄はけっして怒りを示さず、常に自制した態度をとりつづけることであるが、こうした際になし得る最善の行為は、微笑み返すことである。このように常に友好的な自制した態度をとることは、当然のことながら、さらに進行すると仮面をつけた偽善者ということにもなる。 そのために多くのヨーロッパ人は日本人を不誠実であると考えるようになる。そうはいうものの、こうした友好的な態度は、ちょうどアメリカ人の微笑を絶やさない態度(キープ・スマイリング)のように、大勢の人間が狭い空間の中で摩擦なく共同生活をしてゆく上でのすぐれた補助手段である。

それにこうした態度は、日本人の情熱的性質に関する観念を得るためには、一群の日本人が感激のあまり万歳を叫んでいる。-いや怒鳴っているといわねばなるまい-のをただ聞くだけでよい。この性質は、戦時中なのでときには過度の逸脱に導かれた。もし日本人が幼時から自制と規律の厳しい枠にはめられて教育されていなかったとしたら、おそらくその逸脱ぶりはまったく歯止めがきかなくなったであろう」


「経歴」

コリン・ロス(1885年・オーストリア)

「参考書籍」

日中戦争見聞記―1939年のアジア・コリン ロス(著)

「関連書籍」
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2006年06月04日

ロス

「一億一心で体当たり!一億の頭脳のなかに一つの思想!ただ一つの思想に基づき、百年先を計画する。これが目標である。日本の首相(阿部信行)は数日前、「国民精神総動員委員会」で行なった挨拶の中でこれをはっきりと表明し、告示した。

日本は二年以上にわたって戦争に巻き込まれている。この戦争は盧溝橋事件がもとで起こったが、もともと望まれた戦争ではなかった。今日でも依然として「支那事変」といわれており、すでに軍隊が出征し、多くの血が流されているにもかかわらず、中国における軍事作戦をまともに戦争と呼ぶことが、長い間ためらわれている」


「経歴」

コリン・ロス(1885年・オーストリア)

「参考書籍」

日中戦争見聞記―1939年のアジア・コリン ロス(著)

「関連書籍」

今こそ中国人に突きつける 日中戦争真実の歴史・黄 文雄(著)

日本とシナ―1500年の真実・渡部 昇一(著)

真実の中国4000年史―侵略と殺戮・杉山 徹宗(著)
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ロス

「日本の素朴な民衆は、全世界でもっとも友好的で上品な民衆の一つだ。彼らに接して受ける印象は、けっして表面的な上品さではなく心からなる親切の表れである」

「経歴」

コリン・ロス(1885年・オーストリア)

「参考書籍」

日中戦争見聞記―1939年のアジア・コリン ロス(著)

「関連書籍」
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ロス

「「われらは奥津城なり!」 なぜかわからないが、やにわにこの言葉が不気味なほどの迫力をもって、わたしの心の中に浮かんできた。靖国神社の大鳥居を、100人、1000人、いや、一万人もの人々がくぐっていった。夜の神社境内を照らすというより、むしろちらちらときらめくだけのほのかな松明の光が暗闇の中の一人一人の顔を浮きあがらせた。彼らのいずれかの顔付きにも「われらは奥津城なり」という言葉がきざみこまれているようであった。拝殿前の広い場所をゆっくりと埋めていたのは、死者をとむらう人々の行列であった。息子の死を悼む父母、夫の死を悲しむ妻たちであった。彼らは中国戦線で戦死した兵士たちの親族なのだ。しかし目に涙を浮かべているのは少数者だけ、ただ幾人かの人々の顔面には幾晩も泣きあかしたためにできた深いしわが寄っていた。わたしの傍を通過した人々の顔付きには哀悼以上のものが見られた。ここには愛する者のために自分もすでに彼岸へ行った気持ちになったことがはっきりと表されていた。

戦死者の家族たちは葬礼のために参集した。しかし葬礼といってもこの大祭は、生者の祭り、いや生ける死者のための祭りとなっていた。戦場名誉ある戦死を遂げた者は、もともとけっしてしんではおらず、彼岸に運ばれたのですらない。彼らの魂は生ける者のただなかに留まり、彼らのために用意された聖がんの中に住まうべく、今夜の大祭に招かれたのだ」


「経歴」

コリン・ロス(1885年・オーストリア)

「参考書籍」

日中戦争見聞記―1939年のアジア・コリン ロス(著)

「関連書籍」

戦争を知らない人のための靖国問題・上坂 冬子(著)

だから日本人よ、靖国へ行こう・小野田 寛郎(著)

新ゴーマニズム宣言SPECIAL靖國論・小林 よしのり(著)
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2006年06月03日

ロス

「靖国神社は日本国民の死せる英雄を祀っている。日本人の考え方によれば、靖国神社は他のあらゆる神社や仏閣のように礼拝堂である。この神社で人々が拝む神々は戦場で倒れた者の魂である。天皇と国のため戦死したことによって彼らは神々の位にまで引き上げられた。 ヨーロッパ人とりわけカトリック教会の列聖(教権をもって聖人であることを宣言すること)すら肯定できないプロテスタントの考え方からすれば、これらはすべてまったく理解しがたい。だが日本人の思考方式からすれば至極当然である。極東においては、この世と彼岸とは、けっして根本的に隔離された二つの世界ではない。むしろ両者は目につかぬうちにたがいに移行し、人は同時に二つの世界に住むことができる。天皇が天照大神の子孫であり自ら神であるように、一般の死者も死後神に祭り上げられることもあり得る。そして彼らは神となって生きている者たちに影響を及ぼすのだ」

「経歴」

コリン・ロス(1885年・オーストリア)

「参考書籍」

日中戦争見聞記―1939年のアジア・コリン ロス(著)

「関連書籍」

戦争を知らない人のための靖国問題・上坂 冬子(著)

だから日本人よ、靖国へ行こう・小野田 寛郎(著)

新ゴーマニズム宣言SPECIAL靖國論・小林 よしのり(著)
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2006年06月02日

ロス

「岩山の頂上にあるこの社殿は、小さな粗末なつくりだが、あたりの景観とはいかにもしっくり調和している。色とりどりの和服姿の娘たちが社殿に向かう石段を上っている。錦上花を添えたといってよいであろう。 たしかに過去の形象は迅速に消滅しつつあるが、それでもこのような姿が今も残っている。これが日本だ。かつて日本全土がこのような有様であった。自然と芸術がまったく独特な方式で一体となり、地球上の他の民族の追随を許さない完全な姿を示していた。 ところが今日ではすべてが変化する危険が生じている。自然と芸術が生んだ奇跡ともいうべききわめて有名な名所旧跡に恵まれた京都、日光、宮島、それに松島は当然保護されてゆくだろう。しかしかつて日本を特徴づける全国でみられた景観が今や天然記念物として残されるか、あるいは国立公園の中でしか存在し得なくなった」

「経歴」

コリン・ロス(1885年・オーストリア)

「参考書籍」

日中戦争見聞記―1939年のアジア・コリン ロス(著)

「関連書籍」

続 京都の大路小路―新たに歩いた105路の歴史・文化・観光・千 宗室(著)

日光パーフェクトガイド・日光観光協会(著)

ひげの梶さんと広島ご城下と宮島を歩こう!・梶本 晃司(著)

「関連HP」

京都市情報館

日光観光協会

ようこそ宮島へ
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