2012年11月10日

呉善花

「自然の音を直接聴く体験では、自然が発する音は無意味な音にすぎないが、そこに諸個人の擬人化の情緒が加担することによって、自然の音があたかも意味ある言葉であるかのようなイメージをもつことができる。人間と自然の音とはそんな関係にあるのだと当然のごとく思ってきたが、日本人についてはそうではないという。それを知ったときは大きなショックだった。 角田忠信氏の研究によれば、日本人は自然の音や母音を言語脳(左脳)優位の状態で聴いており、欧米人などはそれを非言語脳(右脳)優位の状態で聴いていることが、実験的に確認されている。(略)日本人は川の流れの音、虫の音、風の音など自然の音を、直接「ささやき」として、つまり言語と同じように受け入れて聴くという体験をしているのである」

「経歴」

呉善花(1956年・韓国生まれ・評論家)

「参考書籍」

日本が嫌いな日本人へ・呉善花(著)

「関連書籍」

日本人の脳―脳の働きと東西の文化・角田忠信(著)




posted by 日本人 at 09:38| 日本人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月28日

呉善花

「日本人はどこか「負けるが勝ち」という態度や姿勢をとるところがあるのだ。 そして、外国人にはあまり気づかれていないことだが、日本人が「負けるが勝ち」という位置に立つ場合は、私の経験からすれば、相手の自己主張の内容の大半が「わがまま」と感じられているときなのである」

「経歴」

呉善花(1956年・韓国生まれ・評論家)

「参考書籍」

日本が嫌いな日本人へ・呉善花(著)





posted by 日本人 at 19:54| 日本人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

呉善花

「日本はヨーロッパ以外では、非血縁を含む農耕共同体を形づくり社会を営んできた歴史をもっている唯一の国だ。同じアジア地域にありながら、日本だけが、長いあいだにわたって血縁関係を超えた社会集団によって生産活動を展開させてきた」

「経歴」

呉善花(1956年・韓国生まれ・評論家)

「参考書籍」

日本が嫌いな日本人へ・呉善花(著)

「関連書籍」

人づきあいの日本史・樋口清之(著)




posted by 日本人 at 05:40| 日本人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月27日

呉善花

「日本人に共通して見受けられるのは、眼前の現実に向き合う実直的な姿勢である。そこで小さなものまでが見えてくる。まずそこから出発しようとするし、常にその原点を語ろうとする。だからスケールが小さく見えるし、大局的な観点がないように見える。また夢がないとも見えてしまう。それが総じて、「日本人はなにを考えているのかわからない」ということになってしまう」

「経歴」

呉善花(1956年・韓国生まれ・評論家)

「参考書籍」

日本が嫌いな日本人へ・呉善花(著)




posted by 日本人 at 23:06| 日本人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月26日

フィッシャー13

「それにしても、一木一草までみずみずしく栄えている日本の自然は、いかにも天与の魅力にあふれ、青春の泉であるかのように、ゆたかなことばを語りかけてくれる。そのうえ村里はすてきで、あちこちの湧き井戸では清冽な湧水がみなぎり、ひとびとは純朴である。住家はすみずみまで清潔で、ひとびとには渾身の明るさがあふれている。わたしたちは、あらためて何もかもに魅了されている」

「経歴」

フリーダ・フィッシャー(1874年・ドイツ生まれ・美術史家)

「参考書籍」

明治日本美術紀行―ドイツ人女性美術史家の日記・フリーダ・フィッシャー(著)
posted by 日本人 at 23:34| 日本人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月15日

ハーン

「東洋と西洋の民族感情と、喜怒哀楽をあらわす表情のちがう意味を探ろうと思ったら、よろしく流動の静かな一般庶民の本来の生活に目を凝らさなければならない。生きるにも、愛するにも、死ぬにも、あのようにいつも柔和で、親切で、心やさしい人たち。じっさい、ああいう人たちとなら、なにごとでも正直単純な飾りけのない、ありのまんまのなかで、それこそ生活を楽しみながら、いっしょに泣いたり笑ったりすることができる。そして、なぜ彼らが微笑するということも、そうした昵懇と共感のなかから、おのずから学ぶことができる」

「経歴」

ラフカディオ・ハーン(イギリス・1850年6月27日-1904年9月26日)

「参考書籍」

日本人の微笑・ラフカディオ・ハーン(著)

「関連書籍」

posted by 日本人 at 01:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月05日

モルガ

「日本人町には500人たらずの人が住んでおり、そこの住民は善良で勇敢である。かれらは、自国特有の「きもの」をつけて腰に大小の刀をおび、儀式と礼節を重んじる生活をしている」

「経歴」

アントニオ・モルガ(スペイン・フィリピン副総督)

「参考書籍」

海から見た日本史・武光 誠(著)

「関連書籍」

朱印船時代の日本人―消えた東南アジア日本町の謎・小倉 貞男 (著)




posted by 日本人 at 11:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月11日

シロニー

「アメリカに移民してきた日本人は新たなアイデンティティーを身につけた。かつて武士がそれまでの君主から別の君主へと奉公先を替えたように、移民たちも、それまでの母国から新しい国へと帰属と忠誠の対象を移したのである。移民の第一世代たちはそれでも日本語を話し、日本文化とのつながりを維持し、仏教儀式を尊守した。だが第二世代になると、言語や文化的遺産や宗教にはほとんど関心がなく、完全にアメリカ人になろうとする者が大半になった。日本文化は日本の国土と強く結びついたものなので、いったん外国へ出ると、ふつうは一世代ももたない。日本人は決して日本人をやめないという誤った人種観念があるが、実際の日系アメリカ人は、あっさりと故国への愛着を捨てた。

このことはユダヤ人の経験とは対照的だ。これは重要な点だが、日本人を先祖に持つアメリカ人は自分たちのことを日系アメリカ人と呼び、アメリカに住むユダヤ人は自分たちのことをアメリカのユダヤ人と言っている。日本人と違い、ユダヤ人は自分たちの母国からやってきたわけではない。二千年近い異境生活を通して、きわめて多様な環境下で文化的アイデンティティーを維持することを学んできている。アメリカへやってきたと言っても、ひどい異境生活がずっとましな異境生活に変わったにすぎない。もちろん彼らは忠実なアメリカ人であり、自分たちの新しい国を誇りとしているのだが、そのことはユダヤ人としての誇りや忠誠心を維持する妨げとはならなかった。アメリカへの移民によってユダヤ的生活が中断されることもなかった。それどころか、移民後にわずかな修正期間をおいただけで、近代以降の民族離散では類を見ないほど豊かなユダヤ的生活が送れるようになった。日本への忠誠を放棄した日系アメリカ人と違い、アメリカ・ユダヤは、のちに建国されたイスラエルを熱心に支持するようになった。アメリカ・ユダヤにはイスラエルのためのロビー団体があるが、今日の日系アメリカ人が、合衆国内に日本のためのロビー団体を設立するなど想像もできない」

「経歴」

ベン=アミー・シロニー(1937年・ポーランド)

「参考書籍」

ユダヤ人と日本人の不思議な関係・ベン=アミー・シロニー(著)

「関連書籍」

ヤマト魂―アメリカ・日系二世自由への戦い・渡辺 正清 (著)
posted by 日本人 at 17:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月17日

シロニー

「日本人はモノマネ民族で独自の思考はできないという考えが西洋にあるが、これは日本人は外国の技術や制度をごく細かいレベルにいたるまで取り込むことが多かったことから来ている。しかし、これは最初の段階についてのみ言えることだ。実際問題として、近代的な技術や制度をあえてオリジナルに開発することなど愚かなことだったろう。当時は西洋の技術や制度がすぐれていて、それがすぐに手に入ったのだから。しかも日本は、西洋から学んだものをすぐに修正、改良するようになり、さまざまな分野で独自の貢献をするようになった」

「経歴」

ベン=アミー・シロニー(1937年・ポーランド)

「参考書籍」

ユダヤ人と日本人の不思議な関係・ベン=アミー・シロニー(著)

「関連書籍」
posted by 日本人 at 16:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月17日

シロニー

「ユダヤ人の歴史は族長アブラハムとともに始まり、日本人の歴史は神武天皇に始まる。「われわれ」対「彼ら」という線引きをこれほど鋭く、明確に、しかもこれほど長きにわたって維持してきた民族は他にいない」

「経歴」

ベン=アミー・シロニー(1937年・ポーランド)

「参考書籍」

ユダヤ人と日本人の不思議な関係・ベン=アミー・シロニー(著)

「関連書籍」
posted by 日本人 at 06:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月11日

ロス

「日本人は他にいろいろすぐれた特性をもっているが、一つだけ大きな欠点がある。日本人は何事も決定できず常にすべてをしかも同時に望んでいるということだ。このことは経済面と同様、政治面、軍事面でもあてはまる、わたしの見解によれば、こうした欠点があるために、終局的に成果をあげつつ日中戦争を終わらせることにこれまで失敗してきた。 もちろん、これらすべての経済的な困難だけが日本にとっての危機到来を意味するわけではない。まず日本人は模範的に祖国愛に燃え、おのれの身を犠牲にする用意があり、祖国にいたって忠実である。それに日本にはいまだに多くの原料、半製品、それに食糧がある。日本の経済危機の本来の理由は、日本人が、もろもろの根本的決意、決定を、最後の瞬間まで回避していることである。 日本人は当座の間に合わせに終始する民族である。もはやどうにもできなくなると、日本人は自助の精神を発揮し、すみやかに、しかも巧みに行動する」

「経歴」

コリン・ロス(1885年・オーストリア)

「参考書籍」

日中戦争見聞記―1939年のアジア・コリン ロス(著)

「関連書籍」
posted by 日本人 at 20:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月05日

ロス

「日本国民は相変わらず無邪気でほがらかで愛嬌がある-そして上品だ。地球上で日本人に匹敵できるほど、親切で礼儀正しい国民はないであろう。 しかし以前から日本人を知っているものにとっては、彼らの陰影が気にかかる。日本人はきまじめな底流があることを見すごすわけにはゆかない。だが、こうした態度を不安とみなすのはおそらくまちがっているだろう。むしろわたしはこうした増大するきまじめさの中に、いつかは世界歴史の上で重大な影響を及ぼすような決意が秘められているように思う」

「経歴」

コリン・ロス(1885年・オーストリア)

「参考書籍」

日中戦争見聞記―1939年のアジア・コリン ロス(著)

「関連書籍」
posted by 日本人 at 10:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月04日

ロス

「日本の素朴な民衆は、全世界でもっとも友好的で上品な民衆の一つだ。彼らに接して受ける印象は、けっして表面的な上品さではなく心からなる親切の表れである」

「経歴」

コリン・ロス(1885年・オーストリア)

「参考書籍」

日中戦争見聞記―1939年のアジア・コリン ロス(著)

「関連書籍」
posted by 日本人 at 07:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月12日

フォーチュン

「ハリス氏は日本の馬に蹄鉄を打つことに関連して、おもしろい事情を話された。それは日本の人びとが自国の進歩に有用なことが判ると、外国の方式を敏速に採り入れるという例証であった。私はすでにこの模倣について、日本人とシナ人の間に存在する、いちじるしい相違の原因を述べたことがある。シナでは「古い習慣」が、あらゆる外国品輸入の防壁となるが、日本人は先進文明を示されると、機敏に採用する」

「経歴」

ロバート・フォーチュン(1812年生まれ・英国)

「参考書籍」

幕末日本探訪記―江戸と北京・ロバート・フォーチュン(著)

「関連書籍」
posted by 日本人 at 23:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

フォーチュン

「幼いわん白小僧どもが、ときどき、われわれが通り過ぎてから、「唐人、唐人!」と大声でわめいた。 唐人はシナ人を意味する言葉だが、一般に外国人や日本人以外の異国人を指すのにもやっぱり使われている。私はこの言葉が無礼な言葉を意味するかどうかは知らない。むしろシナでしじゅうわれわれに適用した言葉、「洋鬼、白鬼!」-すなわち、西洋の悪魔、白人の悪魔-のように、唐人は悪い表現ではないことは確かである」

「経歴」

ロバート・フォーチュン(1812年生まれ・英国)

「参考書籍」

幕末日本探訪記―江戸と北京・ロバート・フォーチュン(著)

「関連書籍」
posted by 日本人 at 23:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

フォーチュン

「日本の首都、江戸の郊外には、商売用の植物を栽培している、大きな苗木園が幾つもある。江戸の身分ある人びとは、すべて高度の文明人のように花を愛するので、花の需要は極めて大きい」

「経歴」

ロバート・フォーチュン(1812年生まれ・英国)

「参考書籍」

幕末日本探訪記―江戸と北京・ロバート・フォーチュン(著)

「関連書籍」

江戸・東京ゆかりの野菜と花
posted by 日本人 at 23:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月04日

シュリーマン

「僧侶たちはといえば、老僧も小坊主も親切さとこのうえない清潔さがきわだっていて、無礼、尊大、下劣で汚らしいシナの坊主たちとは好対照をなしている」

「経歴」

ハインリッヒ・シュリーマン(1822年生まれ・ドイツ)

「参考書籍」

シュリーマン旅行記清国・日本・ハインリッヒ・シュリーマン(著)

「関連書籍」
posted by 日本人 at 16:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月03日

シュリーマン

「彼らに対する最大の侮辱は、たとえ感謝の気持ちからでも、現金を贈ることであり、また彼らのほうも現金を受け取るくらいなら「切腹」を選ぶのである」

「経歴」

ハインリッヒ・シュリーマン(1822年生まれ・ドイツ)

「参考書籍」

シュリーマン旅行記清国・日本・ハインリッヒ・シュリーマン(著)

「関連書籍」
posted by 日本人 at 15:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月26日

タウト

「乗船している人々のタイプはウラジオストックにいる中国人のそれとはまったく趣を異にしていた。中国人は全然打ち解けたところがなく、どんな下級の苦力でも外界のことはまるで無関心でいるように見えた。これに反し日本人は外見上はすこぶる控え目であるにもかかわらず、開放的で活発で弾力性がある。この点にもまたヨーロッパ的性格との関連性があるのである」

「経歴」

ブルーノ・タウト(1880年生まれ・ドイツ)

「参考書籍」

ニッポン―ヨーロッパ人の眼で見た・ブルーノ・タウト(著)

「関連書籍」

日本美の再発見・ブルーノ・タウト(著)
posted by 日本人 at 04:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。