2012年10月25日

フィッシャー3

「師匠の後継者については、かならずしも一子相伝というわけではない。つまり息子の才能が及びがたいか、父親の画風にふさわしくないとなれば、師匠は、門流を継承するに足る弟子を養子にとり、師弟相承とする。養子に選ばれた弟子が、師匠の画名と名声、さらに伝統を継承することができるわけだ」

「経歴」

フリーダ・フィッシャー(1874年・ドイツ生まれ・美術史家)

「参考書籍」

明治日本美術紀行―ドイツ人女性美術史家の日記・フリーダ・フィッシャー(著)


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2006年09月06日

ぺリン

「日本でもっとも大量に製造されていた物が何かというと、それはぶきであって、二百年間くらい日本は世界有数の武器輸出国であった。日本製の武器は東アジア一帯で使われていた。一四八三年、この年は例外であったにせよ、中国向けだけで六万七千におよぶ日本刀が輸出されている。それから百四十年経て来日したイタリア商人フランセスコ・カルレッチは、日本の盛んな武器輸出に言及し、「攻撃用、防御用を問わず、ありとあらゆる武器があり、この国は世界で、最大の武器供給国だと思う」と記している」

「経歴」

ノエル・ぺリン(アメリカ・1927年〜)

「参考書籍」

鉄砲を捨てた日本人―日本史に学ぶ軍縮・ノエル ペリン(著)

「関連書籍」





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2006年05月12日

フォーチュン

「今度の(火事の)場合、すべての配備が、実に見事に処理されたように思われた。公使館の周囲の門は即刻閉鎖され、武装した役人が警備した。消防隊員や業務を執行する人達は入門を許されたが、それ以外の者は厳重に拒絶された。門内はあっという間に、装備した人達でいっぱいになり、数百人もの人が四方に、庭や室内や廊下、そして出火場から離れた建物の屋上に登ったりして駆けまわっていた。しかも、見張りの眼が彼らにしじゅう注がれていたので、品物は何一つ盗まれなかった。公使の卓は板張りで、客間には、内外のおびただしい興味ある貴重な品々が置かれていた。それらのものは人を誘惑したかも知れないが、何一つ紛失したものはなかった。私はこのような、十分に習練を積んだ団体の組織を全く見たことがない。シナでは、掠奪の機会をねらっている暴徒を制することは、非常に困難な問題である」

「経歴」

ロバート・フォーチュン(1812年生まれ・英国)

「参考書籍」

幕末日本探訪記―江戸と北京・ロバート・フォーチュン(著)

「関連書籍」

江戸の火事と火消
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2006年05月04日

シュリーマン

「日曜日だったが、日本人はこの安息日を知らないので、税関も開いていた。二人の官吏がにこやかに近づいてきて、オハイヨ(おはよう)と言いながら、地面に届くほど頭を下げ、三十秒もその姿勢を続けた。

次に、中を吟味するから荷物を開けるようにと指示した。荷物を解くとなると大仕事だ。できれば免除してもらいたいものだと、官吏二人にそれぞれ一分ずつ出した。ところがなんと彼らは、自分の胸を叩いて「ニッポンムスコ」(日本男児?)と言い、これを拒んだ。日本男児たるもの、心づけにつられて義務をないがしろにするのは尊厳にもとる、というのである。おかげで私は荷物を開けなければならなかったが、彼らは言いがかりをつけるどころか、ほんの上辺だけの検査で満足してくれた。一言で言えば、たいへん好意的で親切な応対だった。彼らはふたたび深々とおじぎをしながら、「サイナラ」(さようなら)と言った」


「経歴」

ハインリッヒ・シュリーマン(1822年生まれ・ドイツ)

「参考書籍」

シュリーマン旅行記清国・日本・ハインリッヒ・シュリーマン(著)

「関連書籍」
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シュリーマン

「日本人は終日正座しつづけても疲れない。しかも、その姿勢のまま読み書きしても、紙や本をたてかける机などの必要を感じない。税関ではこのようにして二十五名から三十名の官吏が、広間の中央に横二列に座り、帳面に非常な速さで上から下へ、右から左へ筆で書いている。実に奇妙な眺めである」

「経歴」

ハインリッヒ・シュリーマン(1822年生まれ・ドイツ)

「参考書籍」

シュリーマン旅行記清国・日本・ハインリッヒ・シュリーマン(著)

「関連書籍」
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2006年04月28日

タウト

「友人は私達夫婦をある日本式旅館へと案内してくれたが、そこではまず玄関で女中や番頭が驚くばかり丁寧に御辞儀をして私達を迎えてくれた。私達は靴を脱いで、軽い昼食を取るために畳みの上に坐った。以前には夢のような想像を心に描くばかりであったその新しい国は、今このようにして私達をその腕の中に抱いたのである。

外は雨と嵐とそして湾上に立ち騒ぐ波の音、内は大きな軽い障子が風に揺れて鳴っていた。室は驚くばかり明瞭簡素である。箸を使っての食事は、私達の手に試練を課した。刺身、貝、海草等々それに酒や日本茶の珍味、その上給仕となると、これはヨーロッパの女給のようにただ食事の上げ下げをするだけではなくて、いわば社会の一部をなすものであった。-これらのことは総じて新奇なこととして、ただただ美しいばかりであった」


「経歴」

ブルーノ・タウト(1880年生まれ・ドイツ)

「参考書籍」

ニッポン―ヨーロッパ人の眼で見た・ブルーノ・タウト(著)

「関連書籍」

日本美の再発見・ブルーノ・タウト(著)
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