2012年11月05日

呉善花

「本格的な茶室を内側から初めて体験しながら、仕組みの一つひとつの説明に耳をこらす。「窓の数は人間の窓の数と同じです」とA教授。目二つ、耳二つ、鼻二つ、口ひとつ、心ひとつ・・・・・。「なるほどそうか」と、内部への旅の見立てを思い、それぞれの窓に目をやる。と、案内の女性が「太陽光線の加減や雲の状態で、外の庭から障子に映りかかる業の色が変化します」という。内と外の淡い連絡に人の心が静かに動く−そんな体験への配慮があるのだろうか。(略)いくら描いても描ききれない。 しばらくのあいだ、静かに座り続けた。 これらは、「生の文化」の極地なのかもしれない。文化の中に「自然」を含み込みながら、あたかも「自然」の中に文化が含まれているような感じにさせられてしまう。そんな風を生み出すまでにするには、「素材の自然なあり方の質」を壊すことなく、どう手を加え、どう生かすかについて、途方もない工夫が凝らされているはずだ。そして、その途方もなさが人の心であることが驚異だ」

「経歴」

呉善花(1956年・韓国生まれ・評論家)

「参考書籍」

日本が嫌いな日本人へ・呉善花(著)




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呉善花

「日本では(略)未開社会に由来する文化が高度な洗練を受け、中心部の文化として発達し続けたのである。そうして生み出されたのが一連の「生の文化」であり、文化の高度化をそのような道筋でやってのけた国は日本しかない」

「経歴」

呉善花(1956年・韓国生まれ・評論家)

「参考書籍」

日本が嫌いな日本人へ・呉善花(著)




posted by 日本人 at 04:44| 文化・芸術・美意識 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

呉善花

「日本人が「自然」というとき、そこには人が含まれる。生物的な人はもちろんのこと、文化行為を営む人が含まれている。逆にいえば、文化の中に「自然」が含まれている。(略)日本特有の文化志向には、素材の自然なあり方を壊すような人工化を嫌い、その「あり方の質」をどう保存し、どう生かすかという意思が貫きとおっている」

「経歴」

呉善花(1956年・韓国生まれ・評論家)

「参考書籍」

日本が嫌いな日本人へ・呉善花(著)




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2012年10月29日

呉善花

「露天風呂のことを、原始生活の名残をひく非文化的な簡易風呂ではないかといった外国人がいるが、そんな具合に、外国人には文化と感じられない文化が日本にはたくさんある。ところが、そのへんに日本文化の特徴がある」

「経歴」

呉善花(1956年・韓国生まれ・評論家)

「参考書籍」

日本が嫌いな日本人へ・呉善花(著)





posted by 日本人 at 08:54| 文化・芸術・美意識 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

呉善花

「日本文化の大きな特徴のひとつに「見立て」がある。自然の山水を見立てた庭は、ある意味での映像的な仮想現実、虚構の表現でもある。そして庭にも、オリジナルな自然と同じように、魂が鎮まっている。そのように感じられるのは、その庭が「見立て」として成功している庭であるということである。 この「見立て」を介して、オリジナルなアニミズムが変身をとげ、一段高度な文化へとすべりこむことが可能となっているのではないだろうか」

「経歴」

呉善花(1956年・韓国生まれ・評論家)

「参考書籍」

日本が嫌いな日本人へ・呉善花(著)

「関連書籍」

神道からみたこの国の心・井沢元彦・樋口清之(著)




posted by 日本人 at 08:29| 文化・芸術・美意識 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月27日

フィッシャー17

「日本人の謹厳な信仰心には、ちょっと与することができないところもある。それというのも、五百年、千年と古びた絵画を、日本人は後生大事に護持し、美術品としてかかげているからだ。たとえ完全に褐色し、香煙で損傷がすすみ、黒ずみ、もはや筆づかいの痕も見分けがつかなくとも、日本人はかかげることを憚らない。ここまで固執するとしたら、もはや日本人にならねばならないと思う」

「経歴」

フリーダ・フィッシャー(1874年・ドイツ生まれ・美術史家)

「参考書籍」

明治日本美術紀行―ドイツ人女性美術史家の日記・フリーダ・フィッシャー(著)
posted by 日本人 at 07:57| 文化・芸術・美意識 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

フィッシャー15

「帰路につくひとびとは、自宅の床の間に生けるため、花菖蒲の一束を手にしている。花生けの器が縦長であろうが、横長であろうが、とにかく、ひとびとは生け方をよくこころえている。たしなみのひとつであるからだ。わたしも以前、幾人かの日本人女性と生け花の女性師範のもとに通ったことがある。枝葉と一体であるべき花を、どのような花瓶に、どのように生ければ、花を生き生きと保つことができるのか。どの草花と、どの草花が、たがいに照り映えがよいのか。枝葉はどのように落とせばよいのか。さらには、作法どおりの姿のよい菖蒲をつくるには、どのように火鉢の火にあてて整えればよいのか。これらの作法百般を学び、日本人の精神にどれほど深く自然への感受性が息づいているのか、肌身に感じとることができた」

「経歴」

フリーダ・フィッシャー(1874年・ドイツ生まれ・美術史家)

「参考書籍」

明治日本美術紀行―ドイツ人女性美術史家の日記・フリーダ・フィッシャー(著)

「関連書籍」

いけばな―知性で愛でる日本の美・笹岡 隆甫(著)
posted by 日本人 at 05:47| 文化・芸術・美意識 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月26日

フィッシャー11

「布団にくるまれると(略)ぐっすりと眠ることができた。床の間に目をやると、幅三十センチほどの青銅製の平鉢のなかで、じつにかわいらしい小園が、いや、生き生きとした盆景が展開していた。岩石が青々とした苔におおわれ、盆樹が幾本かずっしりと老い寂び、竹林がもりあがり、藁葺き屋根の家屋と橋が配されていた。まことに、日本人の夢幻的な世界は際限をしらないと思う。つまり日本人は、こうした極微な空間に大観をとじこめて、夢想するようにして現実の景物のなかに観入する。実際の大きさの樹木を想い、橋を想う。さらには細流を想い、そのせせらぎを聞こうと耳をすまし、拵えものの小宇宙が暗示する大地の一片一片を眼前に思い描くのである」

「経歴」

フリーダ・フィッシャー(1874年・ドイツ生まれ・美術史家)

「参考書籍」

明治日本美術紀行―ドイツ人女性美術史家の日記・フリーダ・フィッシャー(著)

posted by 日本人 at 20:47| 文化・芸術・美意識 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月25日

フィッシャー8

「およそ木版浮世絵ほど、日本民族の諸相をありありと写しだす芸術はないと思う。浮世のひとびとの日常の起き伏し、市井風俗、それに民衆の精神の内奥にまで絵師はまなざしを向ける。そして、そのまなざしが獲得したものを濃密に把握して表現する。(略)ありとあらゆるものを、絵師はみずみずしく版画の画面において活写する。かつては、こうした浮世絵が大量に刷られ、民衆は数ペニヒほどで買うこともできた。だが、こんにちでは、浮世絵の良品は稀少になってしまった。いずれ日本の博物館は、逸したものをとりもどすのに大苦労をはらわねばならぬだろうし、早晩、浮世絵についての旧認識を変更せざるをえない日がくるのは確実だ。わたしは、それを一瞬たりとも疑ってはいない。だから、つぶぞろいの高嶺コレクションが散逸することもなく、いつまでも日本国内にとどめおかれてほしいと痛切に願っている」

「経歴」

フリーダ・フィッシャー(1874年・ドイツ生まれ・美術史家)

「参考書籍」

明治日本美術紀行―ドイツ人女性美術史家の日記・フリーダ・フィッシャー(著)

posted by 日本人 at 23:08| 文化・芸術・美意識 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

フィッシャー7

「欧米のコレクターは、奪いとるようにして浮世絵版画を買い求めている。だが、それにひきかえ、日本の美術関係者は浮世絵にはいかにも冷淡すぎると思う。日本の博物館は、浮世絵を完全に無視している。(略)きょうのオークションで写楽の浮世絵が千三百円(二千七百マルク)の高値で売買されましたよ、と意気込んで話してはみたが、ひとりのこらず狐につままれたような表情を見せ、八人が八人とも写楽という名前に何の反応も示さなかった。つまりかれらは、なんと写楽を知らなかったのだ」

「経歴」

フリーダ・フィッシャー(1874年・ドイツ生まれ・美術史家)

「参考書籍」

明治日本美術紀行―ドイツ人女性美術史家の日記・フリーダ・フィッシャー(著)

posted by 日本人 at 07:41| 文化・芸術・美意識 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

フィッシャー6

「こうしているあいだにも煎茶が、ちょうどヨーロッパの小鳥用餌鉢ほどの小碗で供された。菓子も添えられていたが、形はさまざまだ。白い花をつけた茶の葉、赤い実をつけた緑の小枝、屋根に雪がふりつもった灰色の家、ちいさな人影が行き交う橋、それに、角が折れ曲がった色あざやかな年賀状の形をしたものもあった。 清閑な室内、つつましやかで洗練されたひとびと、それに、こうしたものにじかに肌でふれること。ありとあらゆるものに愛らしさと、調和と、夢のような気分が息づいていた。なんだか見知らぬ星にでもいるような気分であった」

「経歴」

フリーダ・フィッシャー(1874年・ドイツ生まれ・美術史家)

「参考書籍」

明治日本美術紀行―ドイツ人女性美術史家の日記・フリーダ・フィッシャー(著)

posted by 日本人 at 06:06| 文化・芸術・美意識 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月11日

ドヒョン1



「日本には、古く奈良時代から連綿として伝えられてきた「万葉集」がある。これには天皇から物乞いまでの和歌が収められているが、こんにちでも毎年、年頭に歌会始めがあり、あらゆる階層の人が宮城に集まって三十一文字の和歌をつくる。私は東京特派員時代、この行事をテレビで見て非常に感銘を受けた。森羅万象を見て感じるおのおのの情感や考えを、日本独特な文化言語であらわす、これがすなわち日本のエスタブリッシュメント形成に重要な役割を果たしているのではないかと感じたのである」


「経歴」

イ・ドヒョン(1933年・コリア生まれ)

「参考書籍」

北朝鮮化する韓国・イ・ドヒョン(著)

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2008年03月22日

ロレンツ1



「日本文化は静であり寂であり謙虚である。すべてぎらぎらしたもの、誇大なものとは無関係だし、感受性がこんなにも優美で繊細なニュアンスをもって深く発達している文化は、他のどこにも見出すことはできないだろう」


「経歴」

ロレンツ・ストゥッキ(1922年・スイス生まれ)

「参考書籍」

心の社会・日本―ヨーロッパは日本に何を学ぶか・ロレンツ・ストゥッキ(著)

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2006年10月11日

インモース

「日本文化はよく「美的文化」といわれます。なぜなら、建築、小さな庭、盆栽、日常生活に必要な道具まで、実用面だけではなく、形の美しさにまで注意したからです」

「経歴」

トマス・インモース(スイス)

「参考書籍」

深い泉の国「日本」―異文化との出会い・ トマス インモース(著)

「関連書籍」

日本人の美意識・ドナルド キーン(著)

「美の文明」をつくる―「力の文明」を超えて・川勝 平太(著)
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2006年06月20日

シロニー

「日本人はおおいに中国文化を取り入れたが、同時に自分たちの固有文化を放棄することは頑なに拒んだ。仏教や儒教を採用しても、後に神道と呼ばれる在来宗教は維持した。中国語の語彙が数多く入ってきたが、本来の日本語はそのまま残した。漢字を採用しつつ、それを補う日本独自の表音文字体系を発達させた。さまざまな中国の制度を導入したが、どれも日本の慣習にあわせて手直しした。結果として日本人の自信は、中国の影響によって強まりこそすれ弱まることはなかった。中国の進んだ文化や思想を取り入れることで、自分たちは中国人と対等であると考えることができ、さらに、そこに日本的なものを付け加えることで、かえって優秀性を主張することができたのである」

「経歴」

ベン=アミー・シロニー(1937年・ポーランド)

「参考書籍」

ユダヤ人と日本人の不思議な関係・ベン=アミー・シロニー(著)

「関連書籍」
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2006年06月15日

シロニー

「ユダヤ人と同じく日本人も、その文化と宗教を同じ民族のなかだけで守り続け、他の民族に広めようとはしなかった。他民族にはわからない言語を話し、部分的ではあるが独自の文字を使って記述し、独特の方式で年月を数え、自分たちだけの民俗宗教に執着し、まったく独自の神話を大切にした」

「経歴」

ベン=アミー・シロニー(1937年・ポーランド)

「参考書籍」

ユダヤ人と日本人の不思議な関係・ベン=アミー・シロニー(著)

「関連書籍」
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2006年05月30日

インモース

「日本の美は、表面から隠れたところで感じられるものになっていると思うのです。西洋の美術は、見ている者に迫力をもって迫ってくる。それに反し、日本の美は、隠れています。隠れた美を発見するためには、努力が必要だということなのですね。しかも、日本人の美意識は、西欧よりずっと広い領域にまで浸透していますからね。美と宗教がほとんど同義語のような」

「経歴」

トマス・インモース(スイス)

「参考書籍」

深い泉の国「日本」―異文化との出会い・ トマス インモース(著)

「関連書籍」

日本人の美意識・ドナルド キーン(著)

「美の文明」をつくる―「力の文明」を超えて・川勝 平太(著)
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2006年05月02日

藤ジニー

「アメリカの家庭では、お皿そのものが見えないくらい料理をたっぷり盛りつけます。大きなハンバーガーやステーキ、フライドポテトなんかをドサッと。なにより、お皿はふつう同じ色や柄のセットでそろえています。ところが藤屋旅館では形だけでなく色も緑や模様が赤や緑、黄色とバラバラな食器を組み合わせて使っていました。実は私、藤屋は貧しいからセットで食器をそろえることができなくて、あるものを適当に使っているのかしらって勘違いしていました。

-和食は目でも味わう-

器も重要な役割を果たすという日本特有の文化についても、まったく無知でした」


「経歴」

藤ジニー(1966年生まれ・アメリカ)

「参考書籍」

ニッポン人には、日本が足りない。―銀山温泉老舗旅館・ジニー女将が綴る繁盛記・藤 ジニー(著)

「関連書籍」

アメリカ人女将が学んだ日本のおもてなし心得帖・藤 ジニー(著)
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タウト

「そこで日本の絵画は、世界に鳴り響いているような、ああいう形とならざるを得なかったのである。絵画に現れている中国の怪奇味は、印象主義・表現主義・立体派等のヨーロッパの油絵と同じく、日本の風景とは相容れぬものがある。こういう種類の画の中には、私は日本を認めることが出来ない。それゆえ、このような試みは新しい絵画への短い週渡的段階でしかあり得ない。日本の自然を彷彿たらしめるこの独自の細部強調は、印象主義とはまったくその類を異にする。そして昔も、今も日本画の卓越せる画は、特定の事物が、画家によって究極まで単純化され、画家自身の署名などのように描き下されるまで、綿密に研究し尽くされているという点で傑出しているのである。その結果は実に清新な感じとなって現れ、彼等が極めて単純な方法でこの上もない溌剌さを紙上に写す画家の手腕の確実さを、識者は常に悦び味わうことになるのである。

文学においても、私はこれに似た文体様式を観たことがあるようだ。つまり、いかなる外国文化にも反して、日本の芸術家は、その紙も是が非でも「満たす」、すなわち何でもかんでも一面に描きつぶすことはまったく問題としない。近代の日本画家が綿密入念を極めた細部描写で画面全体をすっかり塗りつぶすのを見受けるが、こういう場合には、阿諛的なものが出来上らざるを得ない。というのは、これらの画家がこんなことをするのは、つまり彼等が、大きな余白を伴なう僅少な事物で絵画の全内容を尽すことをあえてし得ないためである。なお建築にもまたこれと平行することが見出される。そしてどんな場所でも人目をひくように家屋を造ろうとする建築家は、あの阿諛的な画家と同じ結果にたどりつく、すなわちヨーロッパとアメリカへの依存に帰着するのである」


「経歴」

ブルーノ・タウト(1880年生まれ・ドイツ)

「参考書籍」

ニッポン―ヨーロッパ人の眼で見た・ブルーノ・タウト(著)

「関連書籍」

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2006年04月30日

タウト

「さていかに肥満した肉付けであるにせよ、力士にはやはりある種の洗練、気品というものが大事にされている。これは柔術、剣道、弓道の如き武技においてもその通りである。すべてはまず第一に眼に付くのは良き態度であって、相手を負かそうとする熱ではない」

「経歴」

ブルーノ・タウト(1880年生まれ・ドイツ)

「参考書籍」

ニッポン―ヨーロッパ人の眼で見た・ブルーノ・タウト(著)

「関連書籍」

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