2012年10月27日

フィッシャー16

「禅宗の到りつくところは、仏教の教えを切りつめ切りつめして深化させてゆき、精神の極度の透明化、思考の一切集中の妙境に達しようとする。しかも禅宗の影響は、芸術、それも水墨画に大きくおよんでいる。 こうした禅風をとおして、いうなれば、日本人の生活様式が形づくられたといってよい。たとえば禅の思想は、精神的、芸術的昂揚を持続しようとする茶の湯において、究竟の表現形式を見出した。じつに、こうした禅精神があればこそ日本は愛されねばならぬと思う」

「経歴」

フリーダ・フィッシャー(1874年・ドイツ生まれ・美術史家)

「参考書籍」

明治日本美術紀行―ドイツ人女性美術史家の日記・フリーダ・フィッシャー(著)

「関連書籍」

禅・鈴木 大拙(著)

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2012年10月26日

フィッシャー10

「宗教感情に深く根ざした祖先崇拝、すなわち日本土俗の古神道は、いうなれば仏教の伝播にとって妨げにはならなかった。それどころか、この奈良においては神道は仏教と習合し、両部神道を形成したのである。現に奈良を訪れる参詣のひとびとが、神道の林苑から寺院の森へと逍遥し、いたるところで頭を低く垂れて祈りをささげている」

「経歴」

フリーダ・フィッシャー(1874年・ドイツ生まれ・美術史家)

「参考書籍」

明治日本美術紀行―ドイツ人女性美術史家の日記・フリーダ・フィッシャー(著)

「関連書籍」

仏教・神道・儒教集中講座・井沢元彦(著)
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2012年10月25日

フィッシャー9

「それにしても、この楽園では、時は金なり、ということはまずもってありえない。最初に客にれいれいしく出される茶も、本題に入るまえの雑談も、さらには、別れにのぞんでうやうやしく出される茶も、ことごとく通過儀礼のようなものだからだ。じぶんの用向きを滞りなく片づけ、しかも蛮人とみなされたくなければ、こうした儀式に辛抱づよくつきあわねばならない。 高野山の寺院、宿坊、僧侶、それに巡礼のひとびと。なんという、うつくしく完結された小宇宙なのだろう。といって、ふつうの日本人には無縁であるどころか、ごくごく親密な世界だ。心の奥深いところで、この国の民族性と不離に結びついている!」

「経歴」

フリーダ・フィッシャー(1874年・ドイツ生まれ・美術史家)

「参考書籍」

明治日本美術紀行―ドイツ人女性美術史家の日記・フリーダ・フィッシャー(著)

「関連サイト」

高野山金剛峯寺

http://www.koyasan.or.jp/
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2007年01月05日

グロータース

「日本で行われている仏教の葬式や墓参り風俗習慣を見ると、亡くなった人に対する一般民衆の態度がわかる。たとえば、お祖父さんの墓に、生前好きだった酒を供えているではないか。この点では、仏教もまた、魂の不滅を説くキリスト教と一脈通じるものがあるとの思いを抱くのである」

「経歴」

W・A・グロータース(ベルギー・1911年)

「参考書籍」

それでもやっぱり日本人になりたい・ウィレム・A. グロータース(著)

「関連書籍」

仏教とキリスト教―どう違うか50のQ&A・ひろ さちや(著)

世界の宗教と戦争講座・井沢 元彦(著)

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2006年07月22日

シロニー

「神道は、古代近東の多神教以上に他の宗教や神格に対して寛容だ。神道の神々を祭る巨大な神殿は、存命の天皇や故人の霊をいつでも迎えられるようにしてあるが、よそからの新しい神々も容易に受け入れることができる。仏教は六世紀に日本に伝来し、今日でも日本の最大宗教ではあるが、大半の日本人と結びついた固有宗教である神道に取って代わるには至っていない。神道の神々を仏として崇めることもできるし、その逆も可能だ。仏教寺院と神道の神社とが境内、神域を共有していることもある。言葉を換えれば、古い宗教を捨てることなく新しい宗教を受け入れるということであり、これは西洋には存在しない選択肢だった」

「経歴」

ベン=アミー・シロニー(1937年・ポーランド)

「参考書籍」

ユダヤ人と日本人の不思議な関係・ベン=アミー・シロニー(著)

「関連書籍」

仏教・神道・儒教集中講座・井沢 元彦(著)
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2006年07月08日

シロニー

「ユダヤ教と神道では、人間の行動に対する態度にも大きな違いがある。ユダヤ教では道徳上の厳格な規則がある。モーセの十戒にある「殺してはならない。姦淫してはならない。盗んではならない」をはじめとして何百という禁止事項があり、神や仲間の人間に対してどう振るまうべきか、何を食べ、何を着るべきかまで事細かに規定されている。聖書とそこから引き出されるユダヤ教の世界は、正しいことと間違った、すなわち「してよいこと」と「してはいけないこと」とに二分されている。こうした厳格な道徳律は、後にキリスト教やイスラム教にも採用されている。

神道にはこのような厳格な道徳律はない。敬虔な天皇による模範的な行動とその敵対者による不道徳な行為の区別はあるが、これといって特定の禁止事項は設けない。神道では、ときには神々自身が不埒な行いをする。アマテラスオオミノカミの弟スサノオノミコトは荒ぶる神で、森を焼き、収穫物を台無しにし、姉を困らせようと宮殿に排便した。しかし、神道には究極の悪としての「悪魔」は存在しない。気まぐれな神や悪霊や怨霊は、危険だが鎮めることもできる。神道と違って仏教には戒律があるが、一神教と比べればそれほど厳格な道徳性は持っていないし、禁止事項も宗派ごとにばらばらだ。日本は仏教を採用する際に、人間の欲望や弱さと妥協する神道に合わせて、道徳上の要求をも修正したのである。日本における道徳は、宗教上の問題というより社会的なものだし、その発生も、超越的な神の命令によるものではなく、儒教の常識的な禁止事項によるものだ。正しいことと間違ったこととは絶対的な概念ではない。殺人や盗みは、それが社会調和を乱すときには誤りだが、状況が違えば適切な行為と考えられる。日本人にも行動を律する厳格なルールはあるが、その基礎となっているのは神の命令ではなく、社会秩序を維持するうえでの必要性なのである」


「経歴」

ベン=アミー・シロニー(1937年・ポーランド)

「参考書籍」

ユダヤ人と日本人の不思議な関係・ベン=アミー・シロニー(著)

「関連書籍」

仏教・神道・儒教集中講座・井沢 元彦(著)
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2006年06月28日

シロニー

「ユダヤ教では神を宇宙の中心と位置づけ、自然を神の創造物と考える。自然が神を崇拝するのであって、自然の美しさがユダヤ教において重要な位置を占めることはまずない。ミシュナによれば、ユダヤ人が旅の途中で学習を中断して「ああ、なんと美しい村だ」、「ああ、なんと美しい野原だ」などと口にすると魂が危うくなるという。

神道という宗教では、自然の精妙な美しさや恐ろしさを神々の表れとして見て、それを崇拝する。特に美しい場所には神が宿るとして神聖視される。このような美の崇拝は日本文化の中心的要素であって、その点では古代ギリシャとよく似ている。しかし、ギリシャ人が究極の美を人間の姿に見いだしたのに対し、日本人はそれを景観に見いだす。ユダヤ教が倫理観志向であるのに対し、日本人は美意識志向なのだ。日本の仏教はこの志向に適応し、独自の美的感覚を通じてそれを完成させた。日本の芸術における真言宗と禅宗の影響はその好例である」


「経歴」

ベン=アミー・シロニー(1937年・ポーランド)

「参考書籍」

ユダヤ人と日本人の不思議な関係・ベン=アミー・シロニー(著)

「関連書籍」

国民の芸術・田中 英道(著)

禅と日本文化・鈴木 大拙(著)
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2006年06月14日

シロニー

「神武天皇は敬虔な君主だったが、他宗教の偶像を破壊することはしなかった。神武が守った父祖の宗教は、現在では神道と呼ばれているが、その教儀は多神教的かつ汎神論的なものだ。神武は偶像を破壊するどころか、自身が「八百万」の神々の一人になっている。 後にユダヤ教と呼ばれる宗教の始まりは、精神的な革命であった。それまで信じていたものを大胆に否定し、より高いレベルの信仰体系を勇気を持って主張したのである。神格が多数から一へと減少することは、単なる算術の問題ではない。それは宇宙の根源的な統一を是認することであり、その根底にある道徳的な目的性を認めることである。つまり一神教への移行は、量的なものではなく質的な変化だったということだ。

いっぽう神道には革命的なものは何もない。新たな真実を主張しようとはせず、この世界と人間のあるがままを喜んで受け入れた。他の汎神論的宗教と同じように、神道も遠い祖先の霊を崇め、農業の季節的周期を祝い、大地の豊穣と子孫繁栄を祈った。その目的は、自分たちを取り巻くこの世界をつかさどる神々や霊を喜ばせ、その怒りを鎮めることにあった。したがってさまざまな点で神道は、ヨーロッパや中東を支配していた多神教、すなわちユダヤ教とその派生宗教であるキリスト教およびイスラム教が登場する以前の土着宗教に似ているのである」


「経歴」

ベン=アミー・シロニー(1937年・ポーランド)

「参考書籍」

ユダヤ人と日本人の不思議な関係・ベン=アミー・シロニー(著)

「関連書籍」

神道とは何か―自然の霊性を感じて生きる・鎌田 東二 (著)


ユダヤ・キリスト・イスラム集中講座 宗教紛争はなぜ終わらないのか・井沢 元彦(著)
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2006年06月04日

ロス

「「われらは奥津城なり!」 なぜかわからないが、やにわにこの言葉が不気味なほどの迫力をもって、わたしの心の中に浮かんできた。靖国神社の大鳥居を、100人、1000人、いや、一万人もの人々がくぐっていった。夜の神社境内を照らすというより、むしろちらちらときらめくだけのほのかな松明の光が暗闇の中の一人一人の顔を浮きあがらせた。彼らのいずれかの顔付きにも「われらは奥津城なり」という言葉がきざみこまれているようであった。拝殿前の広い場所をゆっくりと埋めていたのは、死者をとむらう人々の行列であった。息子の死を悼む父母、夫の死を悲しむ妻たちであった。彼らは中国戦線で戦死した兵士たちの親族なのだ。しかし目に涙を浮かべているのは少数者だけ、ただ幾人かの人々の顔面には幾晩も泣きあかしたためにできた深いしわが寄っていた。わたしの傍を通過した人々の顔付きには哀悼以上のものが見られた。ここには愛する者のために自分もすでに彼岸へ行った気持ちになったことがはっきりと表されていた。

戦死者の家族たちは葬礼のために参集した。しかし葬礼といってもこの大祭は、生者の祭り、いや生ける死者のための祭りとなっていた。戦場名誉ある戦死を遂げた者は、もともとけっしてしんではおらず、彼岸に運ばれたのですらない。彼らの魂は生ける者のただなかに留まり、彼らのために用意された聖がんの中に住まうべく、今夜の大祭に招かれたのだ」


「経歴」

コリン・ロス(1885年・オーストリア)

「参考書籍」

日中戦争見聞記―1939年のアジア・コリン ロス(著)

「関連書籍」

戦争を知らない人のための靖国問題・上坂 冬子(著)

だから日本人よ、靖国へ行こう・小野田 寛郎(著)

新ゴーマニズム宣言SPECIAL靖國論・小林 よしのり(著)
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2006年05月31日

インモース

「キリスト教の神と人間の差の方が、日本の宗教との差よりはずっと大きいのです。キリスト教では、人間は神によって創造されたものですが、神道では違います」

「経歴」

トマス・インモース(スイス)

「参考書籍」

深い泉の国「日本」―異文化との出会い・ トマス インモース(著)

「関連書籍」

仏教・神道・儒教集中講座・井沢 元彦(著)

聖書の常識 聖書の真実―日本人は「旧約・新約」を誤解している・ 山本 七平(著)
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インモース

「人間はいつも旅人です。道の上を先へ先へと歩きつづけることによってのみ、人間は人間であることができるのです。日本の原始宗教を「神道」と名づけたのも、昔の日本人が「道」の重要性を知っていたからでしょう。宗教は抽象的思考ではなく、経験と実践なのですが、これは「道」を歩むことによってのみ獲られるのです」

「経歴」

トマス・インモース(スイス)

「参考書籍」

深い泉の国「日本」―異文化との出会い・ トマス インモース(著)

「関連書籍」

仏教・神道・儒教集中講座・井沢 元彦(著)
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2006年05月30日

インモース

「日本人の風習習慣を観察すると、深い宗教心があるようにみえる。家を建てる前の地鎮祭。ヨーロッパでも、建てた家を聖別することはあっても、建てる前ではありません。万国博が催された千里は、蛇の多い土地でした。そこに施設を建てるとき、蛇を皆殺しにする代わりに大金を投じて捕え、他へ移しました。また、相撲の塩も。スポーツにまで宗教に起源をもつ儀式が入ってくるのは、ヨーロッパにあまり例がない」

「経歴」

トマス・インモース(スイス)

「参考書籍」

深い泉の国「日本」―異文化との出会い・ トマス インモース(著)

「関連書籍」
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2006年05月27日

デュボア

「他人のために働くという考え方はむしろ日本古来のものでしょうが、日本は古くから外来の思想や文化を取り入れてきました。儒教や仏教は、伝来以来日本人に大きな影響を与え、日本社会に馴染んでまいりました。日本はとくに中国を通じて強く外来文化の影響を受けてはきましたが、決して外来文化に埋もれてしまうのではなく、外来文化を咀嚼し、日本化して、日本文化を拡げてきたのです。江戸時代の神仏混淆の名残で、いまも仏閣内によく鳥居と神殿を見かけますが、異教を排斥してきた私どもキリスト教徒には理解しがたいところです」

「経歴」

アントワーネット・マリ デュボワ (フランス・物理学者)

「参考書籍」

こんにちは、ニッポン。―フランス物理学者のジャポニスム発見・ アントワーネット・マリ デュボワ(著)

「関連書籍」

仏教・神道・儒教集中講座・井沢 元彦(著)

神道からみたこの国の心―日本人の「内なる原理」を明かす・樋口 清之(著)
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タウト

「天皇-将軍という日本の大きなアンティーゼはまた同時に神道-仏教の反立でもある。我々にとっては日本の複雑精緻を極めた、真に厳粛なる宗教的情感を理解することは、容易ではない。しかし、神道が独特な形で日本人とその国土と結び付けているという一事だけは頗ぶる明瞭のように思われる。神道の起源は二千五百年前の昔に遡り、神道自体がそのために日本と完全に癒合してしまっているので、そこに問題となるものは、仏教の場合とは反対に、本来日本的なものである。しかもそれは、神道における国民的なるものは既にむしろ地理的なるもの島国日本に独自なるものであるという意味においてである。

すなわち神道は日本人をその美しい国土と結び付けているばかりでなく、各個人を社会的意味におけるこの国土の一部分として互いに結合させているのである。天皇をそのご先祖達とする先祖崇拝は実にこのためなのである。その際、天皇はむしろ政治上の実権の掌握者ではない。将軍と並び立たれていた長い年月にわたって既に事実上は政治的主権者ではなかった。天皇はむしろ日本の国土の、またその国民の、国民精神の、風俗の、文化の結晶であらせられるのである。

天皇の御位置は何人によっても疑いを挿まれなかったので、特に天皇が天皇であられる御位置を綺羅びやかな表現で強調する必要はごうも存しなかったのである。天皇は文化の高い古の宮殿が如実に現している如く、究極の醇化、簡素、質朴を示す日本独自の文化を代表されておられるのである」


「経歴」

ブルーノ・タウト(1880年生まれ・ドイツ)

「参考書籍」

ニッポン―ヨーロッパ人の眼で見た・ブルーノ・タウト(著)

「関連書籍」

仏教・神道・儒教集中講座・井沢 元彦(著)

神道からみたこの国の心―日本人の「内なる原理」を明かす・ 樋口 清之(著)
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2006年05月02日

タウト

「畢竟するに、神道の独特な自然との結合の中には、確かにまた典型的に日本的な風習と芸術形式とのための事実上の源泉があるのである。建物における木材の、竹の、そして紙の加工はこの自然への連繋から理解することが出来るし、日本庭園もまたこの点からして理解することが出来るのである」

「経歴」

ブルーノ・タウト(1880年生まれ・ドイツ)

「参考書籍」

ニッポン―ヨーロッパ人の眼で見た・ブルーノ・タウト(著)

「関連書籍」

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タウト

「神道宗教にもまた綾なす神話と神々の像が織りこまれているように見える。がそれにしても、その祭祠に彫刻、絵画に現された神像が見られないということが特に我々の眼につく、無数にある神社は何ものも包蔵していない。その中には一の霊がただ観念としてのみ宿っているのである。どの神社もあたかも玉座の前にあると同様の階を持っている。大礼殿の玉座は全く隔絶孤立している上に、内庭への階があって、これらの神社と同一形式を備えている。つまり多数の神社は、間然するところなき玉座を有する。そこには段階づけられた日本の社会の表出が、簡明な象徴が、そして日本人にとっては、それが太古以来のもので、その成因を詳かにすることも出来ないゆえに、却って当然な象徴があるのである。すなわちそこには、仏教におけるような、高尚な人間思想の冒涜があるのではなくて、この国土の山々や森林にも比すべきものがあるのだ。それゆえに神社は常に自然と直接に連繋されていて、多くの仏教建築、たとえば巨大な柱と重厚な屋根を持つ清水寺のように圧倒的なものは稀なのである。神社というものは、ややもすると森林の入口のようなものであるが、まばゆいばかりに赤い門はことにその感を深くする。その赤は森の緑と対応して極めて明確な色の調和を成し、秋にはそれが紅葉と融け合う」

「経歴」

ブルーノ・タウト(1880年生まれ・ドイツ)

「参考書籍」

ニッポン―ヨーロッパ人の眼で見た・ブルーノ・タウト(著)

「関連書籍」

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2006年04月23日

ジェルマントマ

「なにゆえ貴国にあっては、かくも多くの人々、とくに知識階層の人々が、日本神話の忘却を強いる連中の言いなりになっているのでしょうか。ほかならぬ日本神話によって自らが形成されたままに自らを肯定することを、なぜ、かくばかり、憚っているのでしょうか。 日本神話は日本人最大の書物です。この国の若者すべてによって学校で必修されてしかるべきです。必ずや彼らは、これによって、自らのうちに知識と創造世界を陶治するでありましょう。もしあなたがたが、日本神話をとおして、寛大闊達に未来に向かうならば、「日本」という言葉は必然的にその実質を取りもどさずにはいないでありましょう」

「経歴」

オリヴィエ・ジェルマントマ(フランス国営文化放送プロデューサー、作家)

「参考書籍」

日本人なら知っておきたい古代神話・武光 誠(著)

日本待望論―愛するゆえに憂えるフランス人からの手紙・オリヴィエ・ジェルマントマ(著)

「関連書籍」

日本短詩言霊論―ジェルマントマ「日本待望論」に答えながら・来空(著)
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ジェルマントマ

「我々西洋人の精神構造は「対立」に基づき、あなたがた日本人の精神構造は「和合」に基づいています。願わくば、この特異性を保持せらんことを!けだし、破壊せずに統合する能力は、セクト主義や原理主義がショウケツをきわめつつある現代において、絶対必要不可欠となる特質だからです。 この特質あらばこそ、日本人は、他の諸価値を拒否することなく自国文化の天分を保持する柔軟さを身に付けていられるのです。他の諸価値も、それぞれの次元においてレゾン・デトール(存在理由)があるのだ、と。しかし、これとは反対に、イスラム原理主義においても、先進諸国の唯物主義においても、自分と異質の思想はどこまでも排斤しようとするばかりです。では、排斤なく、ただ聚むるのみといった日本人のお家芸は、どこからくるのかといえば、これこそは神道からくるものにほかなりません。神道とは、普遍的世界の広がりの浄化をもとめての、ドグマなき「信」だからであります」

「経歴」

オリヴィエ・ジェルマントマ(フランス国営文化放送プロデューサー、作家)

「参考書籍」

日本待望論―愛するゆえに憂えるフランス人からの手紙・オリヴィエ・ジェルマントマ(著)

「関連書籍」

日本短詩言霊論―ジェルマントマ「日本待望論」に答えながら・来空(著)
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