2006年06月01日

ロス

「ヨーロッパと比べ日本は鉄器時代に入ってからそれほど時間が経っていない。日本人は今でも木材を加工し、建築することを慣れ親しんでいる。木材加工の点では、日本人は卓越した才能を示しており、芸術的につくられた梁や柱を一目見るだけでも美的な喜びが感ぜられる。日本人が木造建築に取り組むときは、調和の法則を完全に自家薬籠中のものとしており、この法則を想起する必要すらない。寺院や宮殿を建てるときでも、素朴な農家をつくるときでも、まったく変わりはない。彼らにとって調和の法則は、自明の理となっている」

「経歴」

コリン・ロス(1885年・オーストリア)

「参考書籍」

日中戦争見聞記―1939年のアジア・コリン ロス(著)

「関連書籍」
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2006年05月08日

フォーチュン

「同行の役人は別室でくつろいで食欲を満たしていた。彼らの食事がすむまで、彼らを室に遺したまま、私はその機会を利用して、屋敷の前にある大庭園の中を散歩した。梅屋敷の名が示すように、庭には梅の大樹が林立し、通路にも植えてあった。庭の中心には不規則だが、おもしろい格好をした小さな池や泉水があって、金魚や亀がとても仲良く泳ぎまわっていた。それらの池には丸木橋がかかり、その周りを、羊歯類や小灌木を植え込んで造った築山で囲ってある。本当にここは一年を通じて、いつも美しく楽しい所だろうが、梅の花が咲き満ち、葉の茂る春や夏の頃は、この梅の木の屋敷は魅力的な場所であるに違いない」

「経歴」

ロバート・フォーチュン(1812年生まれ・英国)

「参考書籍」

幕末日本探訪記―江戸と北京・ロバート・フォーチュン(著)

「関連書籍」

「関連HP」

梅屋敷
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2006年05月07日

フォーチュン

「寺の屋根はすべて、日本にどこにでもあるカヤで葺いてあった。私は世界のどこでも、こんな見事な草葺屋根を見たことがない。実際、日本を訪れる各国人の賛美の的になっている。建物の構造を注意深く調査すると、建築の本質や、特殊な構造の合理性が、誰にもすぐ了解されるだろう」

「経歴」

ロバート・フォーチュン(1812年生まれ・英国)

「参考書籍」

幕末日本探訪記―江戸と北京・ロバート・フォーチュン(著)

「関連書籍」

山梨の草葺民家
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2006年05月04日

シュリーマン

「われわれは高名な豊顕寺で休憩した。寺は、針葉樹、椿、シュロなどの美しい木立ちに囲まれている。

寺は木造で、屋根は棟にそって百合の花が植えられている。境内に足を踏み入れるや、私はそこに漲るこのうえない秩序と清潔さに心を打たれた。大理石をふんだんに使い、ごてごてと飾りたてた中国の寺は、きわめて不潔で、しかも退廃的だったから嫌悪感しか感じなかったものだが、日本の寺ヶは、鄙びたといってもいいほど簡素な風情ではあるが、秩序が息づき、ねんごろな手入れの跡も窺われ、聖域を訪れるたびに私は大きな歓びをおぼえた」


「経歴」

ハインリッヒ・シュリーマン(1822年生まれ・ドイツ)

「参考書籍」

シュリーマン旅行記清国・日本・ハインリッヒ・シュリーマン(著)

「関連書籍」

「関連HP」

豊顕寺
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2006年05月02日

タウト

「それはまったく何という豊富な印象であろう!若い僧侶の書斎を覗いて見よう。まことに空虚な室である。ただ畳の上に座蒲団があり、低い経机とかたわらに数巻の書があるだけである。あるいはまた、室の大小によって非常に微細に区別されてあり、家がそこでまったっく野外に開放されている。玄関は家中で一番高い、そして水平ではない天井を取り付けるという具合に、室々の高さは不揃いである。あるいは、非常に富裕な家でさえ、浴場は美しいそして簡素な木材とタイルを用いて、化粧は完全に実質本位である」

「経歴」

ブルーノ・タウト(1880年生まれ・ドイツ)

「参考書籍」

ニッポン―ヨーロッパ人の眼で見た・ブルーノ・タウト(著)

「関連書籍」

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2006年04月28日

タウト

「既に述べたように統一的尺度が極度に厳守されているにもかかわらず、桂離宮は、諸均斉が公式的にばかり運用されているわけではないということが看取される。後年コルビュジエによって採り上げられたベルラーへの理論を信奉する現代建築家が、桂離宮の諸室の見取図に対角線を引こうとしても、空しく絶望するばかりであろう。このような建築物は実に、究極の細緻な点が合理的には把捉し得ないがゆえに古典なのである。その美はまったく精神的性質のものである。

このことは、桂離宮の御苑を見るとまったく明瞭になる。来客の控の間の前の竹縁のいわゆる月見の縁がある。ここから御苑全体が池を含めて見渡される。それは実に涙ぐましいまでに美しい。形状の豊さ、石の上には数多の亀がいて、その首を高く擡げているものもあれば、音立てて水中に飛び込むものもある。我々はここで、他のいかなるものにも類うべくもない、純日本的な、しかも全く独自な新しい美に遭遇する」


「経歴」

ブルーノ・タウト(1880年生まれ・ドイツ)

「参考書籍」

ニッポン―ヨーロッパ人の眼で見た・ブルーノ・タウト(著)

「関連書籍」

桂離宮―日本建築の美しさの秘密・穂積 和夫ほか(著)

桂離宮 修学院離宮・京都新聞出版センター(著)

つくられた桂離宮神話・井上 章一(著)

「関連HP」

宮内庁HP・桂離宮
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タウト

「桂離宮とその御苑、それは極めて鞏固な統一体をなしていて、人馴れた蜥蜴や青蛙や亀のような動物すらも、切り離すことのできない一部分となっているのである。入口の前庭はその建築によって人の心に深い感銘を与えるが、それは在来の芸術史の概念に従えば、実は全然建築芸術ではない。ここでは竹で出来た檐樋と堅樋とが建築様式であると同時に、実用的な心需品なのである。すなわちここには、無趣味な実用性の立場から見てすらも、機能主義が完全に発揮されているのである。現代の建築家は、この建築物が、最も簡明直截にその種々な要求を満たしているという点において、断然現代的であるということを確認して、驚異の眼を瞠るであろう」

「経歴」

ブルーノ・タウト(1880年生まれ・ドイツ)

「参考書籍」

ニッポン―ヨーロッパ人の眼で見た・ブルーノ・タウト(著)

「関連書籍」

桂離宮―日本建築の美しさの秘密・穂積 和夫ほか(著)

桂離宮 修学院離宮・京都新聞出版センター(著)

つくられた桂離宮神話・井上 章一(著)

「関連HP」

宮内庁HP・桂離宮
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2006年04月26日

タウト

今日の近代建築が世に出た頃、すなわち1920年前後にヨーロッパ住宅の簡素化に最も強い推進力を加えたのは、大きな窓や戸棚を持ち、まったく純粋な構成を有する簡素にして自由を極めた日本住宅であった」

「経歴」

ブルーノ・タウト(1880年生まれ・ドイツ)

「参考書籍」

ニッポン―ヨーロッパ人の眼で見た・ブルーノ・タウト(著)

「関連書籍」

日本美の再発見・ブルーノ・タウト(著)
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2006年04月25日

タウト

「日本が世界に贈った総てのものの源泉、日本のまったく独自な文化の鍵、全世界の讃歎惜く能わざる、完全な形式を備えた日本の根源、-外宮、内宮、荒祭宮、の諸宮を有する「伊勢」こそこれらの一切である。

あたかも天の成せるが如きこれらの造営物を描き写すことはとうてい出来ない。それがどのくらい年代を経たものかもわからない。それは形の上に現れているところでは決して古くはならないのである。-それらは二十一年目ごとに新しく造営され、白絹の立派な装束を纏った工匠達は、次の社殿に用いる素晴らしい檜材の仕上げに絶えず励んでいる。この新しい社殿は、「古い」が実際にはまだすこぶる生々しい社殿の傍らに組み立てられるのである。新築にあたっては、その形式には何等の改変も加えられない。このようにして、既に六十回以上も新築が繰り返されて来ったのだということである。造営者の名は誰一人知る者もない。その形式は国家への貴重な天の賜物であって、国家はそれが絶えず新鮮な材料によって頽齢の腐食のため朽つることのないように心を労しているのである。この事実一つの中にも、何という崇高な、まったく独特な考え方が現れていることであろう!

言葉で並べることも、絵によって印象を伝えるなどということも出来ない。ただ現場に赴いて、自分の眼で見るより他に仕方がない」


「経歴」

ブルーノ・タウト(1880年生まれ・ドイツ)

「参考書籍」

ニッポン―ヨーロッパ人の眼で見た・ブルーノ・タウト(著)

「関連書籍」

日本美の再発見・ブルーノ・タウト(著)

伊勢の神宮―祈りの心・祭りの日々 日本人の原点回帰を求めて・ 南里 空海(著)

「関連HP」

伊勢神宮HP
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タウト

「日本の文化が世界のあらゆる民族に寄与したところのものに対して、多少なりとも心を動かされる人は、親しく伊勢に詣でねばならない。そこにはこの文化のあらゆる特質が一つに結晶しており、それゆえに単なる国民的聖地より以上の何ものかが見出されるのである。外宮を持った伊勢は-一言にして言えば-そもそも建築術の神殿であるのだ」

「経歴」

ブルーノ・タウト(1880年生まれ・ドイツ)

「参考書籍」

ニッポン―ヨーロッパ人の眼で見た・ブルーノ・タウト(著)

「関連書籍」

日本美の再発見・ブルーノ・タウト(著)

伊勢の神宮―祈りの心・祭りの日々 日本人の原点回帰を求めて・ 南里 空海(著)

「関連HP」

伊勢神宮HP
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2006年04月23日

ジェルマントマ

「桂離宮。初めてここを訪ねたのは、いまから十九年前の秋のことでした。年月をへて、自ら変わって、これを再見するとき、いかにこの名園の、無意識に根を下ろして生彩を放ちつづけているかに驚かされます。一季節から他の季節へと、庭園変わって、また変わらず。諸ヶの点景を結びつけている調和は不変なのです。そのように、人は、その胸中を占める種ヶの思いも面影もすべて消えはてて、そののちに、心底に不易のものありということに気づくのでありましょう。絶えざる変貌という点において、桂離宮は、我々自身の内なる生命の反映といえます。我が心のなかで、それは死の観念の鎮めとなってくれました。またも二十年後に還りきたし」

「経歴」

オリヴィエ・ジェルマントマ(フランス国営文化放送プロデューサー、作家)

「参考書籍」

日本待望論―愛するゆえに憂えるフランス人からの手紙・オリヴィエ・ジェルマントマ(著)

「関連書籍」

日本短詩言霊論―ジェルマントマ「日本待望論」に答えながら・来空(著)
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