2012年11月10日

呉善花

「老婆は、小さな一輪の花に手を差しのべ(略)話をしているのである。まるで子どもに話しかけているようだったが、あたりには私以外に誰もいなかった。花は、気づかずにうっかり踏みつぶしてしまったとしても仕方のないような、およそ人目をひくことのない小さな存在だった。 韓国人ならば、墓の前で死者に語りかけることはあっても、まず花に話かけるようなことはしない。しかも、ごく日常的な場面で日常会話そのままに話かけるなど、私にとっては夢の中でしかあり得ないことだった。不思議に思って知り合いの日本人にこの話をしてみると、誰もが「そういう感じはよくわかる」というのである。(略)考えられることは、日本語を環境とする日本文化では、古い時代に自然を人(神)のように見なした意識のあり方が、習俗のレベルで延々と保存され続けたのではないか、ということである」

「経歴」

呉善花(1956年・韓国生まれ・評論家)

「参考書籍」

日本が嫌いな日本人へ・呉善花(著)





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2008年02月10日

ソフィア1



「日本人にとって田畑での労働は、立派な創作活動なのだ。それに対してロシアの農民は、ただ機械的に耕作し、種を播き、刈り入れるだけだ(略)日本人は稲を自分の子供のように可愛がる。稲の束をあやしてやる。これに話しかける。稲の成育のために神仏に祈る。そして一番最初に収穫した稲穂をお供え物として神社に持ってゆく。穀物が全力をあげて好反応を示すのは、当たり前だろう」



「経歴」

ソフィア・フォン・タイル(ロシア)

「参考書籍」

日露戦争下の日本―ロシア軍人捕虜の妻の日記・ソフィア フォン・タイル(著)

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2006年05月29日

セット

「キリスト教的教義においては、人間が自然を支配し、管理するという構図がごく当たり前のこととして述べられています。川をせき止めるためにダムを造り、波の侵入を防ぐために堤防を築き、木々を切り倒して人間の生活空間を広げ、人間の目から見て有害な野生動物は殺戮します。 しかし、インドや日本では、蛇でさえ聖獣として扱われているのです。京都の三十三間堂には、蛇を体に巻き付けた難蛇龍王というご神体が奉納されていますよね。蛇は崇められこそすれ、決して恐れられている生物ではないことがよく分かります。このことは、日本人の大切な資質の一つであり、現代の環境破壊にも適用されるべきものだと思います」

「経歴」

アフターブ・セット(インド)

「参考書籍」

象は痩せても象である―インドから見た巨象・日本の底力・アフターブ・セット(著)

「関連書籍」

建築から古代を解く―法隆寺・三十三間堂の謎・米田 良三(著)

「関連HP」

三十三間堂
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2006年05月08日

フォーチュン

「馬で郊外の小ぢんまりした住居や農家や小屋の傍らを通り過ぎると、家の前に日本人好みの草花を少しばかり植え込んだ小庭をつくっている。日本人の国民性のいちじるしい特色は、下層階級でもみな生来の花好きであるということだ。気晴らしにしじゅう好きな植物を少し育てて、無上の楽しみにしている。もしも花を愛する国民性が、人間の文化生活の高さを証明するものとすれば、日本の低い層の人びとは、イギリスの同じ階級の人達に較べると、ずっと優って見える」

「経歴」

ロバート・フォーチュン(1812年生まれ・英国)

「参考書籍」

幕末日本探訪記―江戸と北京・ロバート・フォーチュン(著)

「関連書籍」
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2006年05月04日

シュリーマン

「道を歩きながら日本人の家庭生活のしくみを細かく観察することができる。家々の奥の方にはかならず、花が咲いていて、低く刈り込まれた木でふちどられた小さな庭が見える。日本人はみんな園芸愛好家である。日本の住宅はおしなべて清潔さのお手本になるだろう」

「経歴」

ハインリッヒ・シュリーマン(1822年生まれ・ドイツ)

「参考書籍」

シュリーマン旅行記清国・日本・ハインリッヒ・シュリーマン(著)

「関連書籍」
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2006年05月03日

シュリーマン

「世界の他の地域と好対照をなしていることは何一つ書きもらすまいと思っている私としては、次のことは言わなくてはなるまい。すなわち日本の猫の尻尾は1インチあるかないかなのである。また犬は、ぺテルスブルクやコンスタンティノープル、カイロ、カルカッタ、デリー、北京ではたいへん粗暴で、われわれの乗っている馬やラクダに吠えたて、追いかけ廻してきたものだが、日本の犬はとてもおとなしくて、吠えもせず道の真ん中に寝そべっている。われわれが近づいても、相変わらずそのままでいるので、犬を踏み殺さないよういつも通らなければならない」

「経歴」

ハインリッヒ・シュリーマン(1822年生まれ・ドイツ)

「参考書籍」

シュリーマン旅行記清国・日本・ハインリッヒ・シュリーマン(著)

「関連書籍」
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2006年04月30日

タウト

「外国人にとって、この美しい国土をその自然またはその寺院や庭園などよりも以上に魅惑的ならしめる所以のものは、実に生活のあらゆる事象の中に今もなお生きている日本の伝統である。しかしながらかの自然や寺院の類といっても、ここに述べた意味での伝統から引離して考えることは出来ない。自然を愛護することによって、また新しい自然の片鱗が現れてくる。

日光の将軍のために植えられた杉並樹は、そのよい一例である。ところがまた一方、比叡山の雄渾なる杉林による自然はさらにそれを凌駕している。森林や自然美の保護は芸術にも反映し、宗教的伝統によって制約されている。多くの寺社において、印象の美しさは建築そのものよりも、むしろ建築が自然といかに分ち難く結合されているかという点から生じている。これらの事柄をまず遺漏なく論述するのは、万巻の書を書き連ねても及ばぬことである。それにもかかわらずこれに言及することが重要であるというのは、最も本質的な日本というかたちのものがここに還元されているからである」


「経歴」

ブルーノ・タウト(1880年生まれ・ドイツ)

「参考書籍」

ニッポン―ヨーロッパ人の眼で見た・ブルーノ・タウト(著)

「関連書籍」

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