2006年09月10日

ケンペル

「万民は完全に一致協和し、皆々その神を敬い、法律を遵守し、長上の意に従い、同輩には礼譲と友誼をつくしている。この民は、習俗、道徳、技芸、立居振舞いの点で世界のどの国民にも立ちまさり、国内交易は繁盛し、肥沃な田畠に恵まれ、頑健強壮な肉体と豪胆な気性を持ち、生活必需品はありあまるほどに豊富であり、国内には不断の平和が続き、かくて世界でもまれに見るほどの幸福な国民である。もし日本国民の一人が彼の現在の境遇と昔の自由な時代と比較してみた場合、あるいは祖国の歴史の太古の昔を顧みた場合、彼は、一人の君主の至高の意思によって統御され、海外の全世界との交通を一切断ち切られて完全な閉鎖状態に置かれている現在ほどに、国民の幸福がより良く実現している時代をば遂に見出すことはできないであろう」

「経歴」

エンゲルベルト ケンペル(オランダ・1651年9月16日 - 1716年11月2日)

「参考書籍」

新版 改訂・増補日本誌〈7〉―日本の歴史と紀行・エンゲルベルト ケンペル(著)

「関連書籍」

江戸参府旅行日記・エンゲルベルト・ケンペル(著)

ケンペルと徳川綱吉―ドイツ人医師と将軍との交流・ベアトリス・M. ボダルト・ベイリー(著)

鎖国の思想―ケンペルの世界史的使命・小堀 桂一郎(著)

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2006年08月30日

ぺリン

「日本は原料生産国であったばかりではない。今日もそうだが、日本は当時もすぐれた工業国であった。イエズス会の一宣教師は、当時、日本には紙の種類がヨーロッパの十倍はあろうと推定している。日本の紙の中には今日使うクリネックス、つまり、ちり紙やはな紙もあった。アメリカ人は今でこそ自分たちがこの便利な品物の発明者だと考えているだろう。だが、それよりも少なくとも三世紀前に、日本人はこれをつくっていた。それどころか輸出さえしていた。一六三七年、ピーター・マンディなるイギリス人がたまたま中国の沿岸マカオにいた。その地で彼は、大坂商人の一行がはな紙を使っているのを見てはなはだ感心したのであった。

マンディは、そのときの模様を後に次のように記している。「この都市で数人の日本人を見かけた。彼らは何やら柔かく丈夫そうな紙を小さく折り畳んで所持しており、これで鼻をかむ。鼻をかんだあとどうするかというと、もうその紙は汚いものという体で捨ててしまう。顔を拭うには日本人はリネンのハンカチーフを持っていた」。マンディが感心したのは無理もない。当時のイギリスでは、たいていの人は服の袖で鼻をかんでいたのだから」


「経歴」

ノエル・ぺリン(アメリカ・1927年〜)

「参考書籍」

鉄砲を捨てた日本人―日本史に学ぶ軍縮・ノエル ペリン(著)

「関連書籍」
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2006年05月13日

フォーチュン

「実際、日本人の習慣と嗜好は、ヨーロッパ諸国の人びととははなはだしく異なっているので、比較してもほとんど共通する所がない。にもかかわらず、江戸は不思議な所で、常に外来人の目を引きつける特有のものを持っている。江戸は東洋における大都市で、城は深い堀、緑の堤防、諸侯の邸宅、広い街路などに囲まれている。美しい湾は、いつもある程度の興味で眺められる。城に近い丘から展望した風景は、ヨーロッパや諸外国のどの都市と比較しても、優るとも決して劣りはしないだろう。それらの谷間や樹木の茂る丘、亭々とした木木で縁取られた静かな道や常緑樹の生垣などの美しさは、世界のどこの都市も及ばないであろう」

「経歴」

ロバート・フォーチュン(1812年生まれ・英国)

「参考書籍」

幕末日本探訪記―江戸と北京・ロバート・フォーチュン(著)

「関連書籍」
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フォーチュン

「将軍は、「天子」がみずから鋤を持って稲の種をまくようなことをせず、農業に重要な意義を感じていなかったので、農作を本業とする者の身分は、シナと同じではない。農民の社会的身分は、仏教僧侶や武士、商人、またはつまらぬ店主以下だということである。聞く所によると、小作人は大地主に取立てられる年貢が重く、極貧の状態で雇われているという。私はこれらの説を否定する立場ではないが、ただ断言できることは、日本の各地で観察した農民とその家族は、余裕のありそうな家に住み、衣服も整っていたし、食事も十分で、幸福で満足そうに見えた。長崎や江戸のような大都市の近傍に住む農民は、むしろ田舎の武士や地主よりは富裕かもしれないということは、ありそうなことだ」

「経歴」

ロバート・フォーチュン(1812年生まれ・英国)

「参考書籍」

幕末日本探訪記―江戸と北京・ロバート・フォーチュン(著)

「関連書籍」

百姓の江戸時代・田中圭一(著)

日本の江戸時代―舞台に上がった百姓たち・田中圭一(著)
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フォーチュン

「ある店では猿が目についた。猿が肉屋の店先に吊り下げられているのを見たときに、刻みつけられた印象を忘れることはできない。猿は皮を剥ぎ取られていたが、人間の種族に類似しているだけに、非常に気持ちがわるかった。おそらく日本人は、猿の肉をうまいと思っているのだろう。もっとも、その気持ちがわるいという感情と、食欲とは関係がない。実は私も以前ひどく空腹の時に、この人間に似た猿を食ったことを白状しなければならない」

「経歴」

ロバート・フォーチュン(1812年生まれ・英国)

「参考書籍」

幕末日本探訪記―江戸と北京・ロバート・フォーチュン(著)

「関連書籍」
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2006年05月12日

フォーチュン

「大きな並木道や、松、とくにスギの並木にしばしば出会ったが、道ばたに大変快い日蔭をつくっている。ときどき種々の種類の常緑のカシや、時にはスギやほかの常緑樹でつくられた見事な生垣に注目した。生垣は丁寧に刈り込まれて、手入れがゆきとどき、時にはかなりの高さに整枝されて、イギリスの貴族の庭園や公園でよく見かける、ヒイラギやイチイの高い生垣を思い出させる。どこにもある小屋や農家は、きちんと小ざっぱりした様子で、そのような風景は、東洋の他の国ではどこにも見当たらなかった。旅人の休む茶店の傍らを何度も通ったが、その裏にささやかな庭や養魚池があったのを、馬でゆっくり通りすがりに、チラと眼に入れた。景色はしじゅう変化するが、いつも美しい丘、谷間、広い道、日蔭のある小道、そして家々や庭などで見かける人びとは勤勉で、労苦にくじけず、あきらかに現状に甘んじて満足している」

「経歴」

ロバート・フォーチュン(1812年生まれ・英国)

「参考書籍」

幕末日本探訪記―江戸と北京・ロバート・フォーチュン(著)

「関連書籍」
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2006年05月07日

フォーチュン

「住民のはっきりした特徴は、身分の高下を問わず、花好きなことであった。良家らしい構えのどこの家も、一様に裏庭に花壇を作って、小規模だが清楚に整っていた。この花作りは、家族的な楽しみと幸せのために大変役立っていた。 日本の中流以下の民家や商店は、表や裏を明け放してあるので、私は町を歩きながら、ささやかな、花壇をよく覗き見した。そして目につくものを見つけると、どうしても中へ入っていかずにいられなかった。どこの家でも非常に丁寧に歓迎してくれたので、私は彼らが大切にしている花や盆栽を勝手に見てまわった」

「経歴」

ロバート・フォーチュン(1812年生まれ・英国)

「参考書籍」

幕末日本探訪記―江戸と北京・ロバート・フォーチュン(著)

「関連書籍」

江戸・東京ゆかりの野菜と花
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