2007年10月13日

黄文雄

「封建時代の日本の武士階級は、「切腹」する特権を持っていた。武士以下の階級は、「切腹」する権利がなく、処刑されなければならなかった。だから武士階級は、切腹自殺の特権を確保し、自死は武士としての名誉と体面を維持した。戦場で敵に殺されるのと、切腹するのでは、名誉の上で天と地の差がある」



「経歴」

黄文雄(台湾)

「参考書籍」

季刊日本文化 (第22号(平成17年秋))

「関連書籍」

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2007年09月22日

プリンクトン

「来日した途端にヨーロッパの中世時代に似た日本の風物に接し、まず驚きの目を見張り、そして次には日本人の礼儀正しい姿に魅了された。(武士たちの)敵に対してこれほどまでの美しき光景を見るのは初めてだった。そのことがあって、私は衷心から日本人に愛着を感じた」


「経歴」

フランシス・プリンクトン(イギリス・武官)

「参考書籍」

「関連書籍」

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2006年09月18日

ぺリン

「一度、日本の不正規軍-浪人と呼ばれる寄るべなき侍が主体-とスペイン人との間で会戦が行われたことがある。一六二〇年代、シャムにおいてである。どちらが負けたか?敗れたのはスペイン人。中国人について言えば、朝鮮の役中のいくつかの小競り合いで中国人が勝ったことはある。だが、戦役それ自体に中国が勝利をおさめたわけではない。このことは中国人自身が明言している。戦役は中国側からいうと明朝時代におこり、中国の史書には朝鮮の役に関して以下のごとく概括しているのである。

「関白秀吉の侵略はほぼ七年にわたった、死傷者は十万をくだらない。朝鮮と中国は連合して戦ったが、勝利の見込みはなかった。関白の死のみが戦争の惨禍に終末をもたらした」と」


「経歴」

ノエル・ぺリン(アメリカ・1927年〜)

「参考書籍」

鉄砲を捨てた日本人―日本史に学ぶ軍縮・ノエル ペリン(著)

「関連書籍」

逆説の日本史〈11〉戦国乱世編―朝鮮出兵と秀吉の謎・井沢 元彦(著)

秀吉の枷 (上)・加藤 廣(著)

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2006年09月08日

ぺリン

「日本刀の刀身にまさる鋭い切れ味のものはこの世には存在しないのではあるまいか。焼き戻した鋼を切れるように日本刀は作刀されていて、事実、切ることができた。かなり太い釘でも日本刀にかかれば、ひとたまりもなかったのである。一五六〇年代のことイエズス会の神父が、好戦的なことこの上ない石山本願寺を訪れたことがあったが恐ろしい武器だとは思っていなかった。ところがその同じ神父が、「鋭利なナイフでやわらかい肉を切るのがさしも容易なごとくに」日本刀で鎧を切り通すことができた、と報告する羽目となった」

「経歴」

ノエル・ぺリン(アメリカ・1927年〜)

「参考書籍」

鉄砲を捨てた日本人―日本史に学ぶ軍縮・ノエル ペリン(著)

「関連書籍」

図説・日本刀大全―決定版・稲田 和彦(著)



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2006年08月31日

ぺリン

「文芸にたいする関心も高いものがあった。武士階級の者は、戦場を駆けめぐる合間には、典籍に親しむのが当たり前のこととされていた。一五八八年、時の日本の軍事統率者・豊臣秀吉は、聚楽第で和歌御会を催している」

「経歴」

ノエル・ぺリン(アメリカ・1927年〜)

「参考書籍」

鉄砲を捨てた日本人―日本史に学ぶ軍縮・ノエル ペリン(著)

「関連書籍」
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2006年05月13日

フォーチュン

「その辺の平地の所で、兵隊がしじゅう教練を行っているらしい。楽隊はイギリスの陸軍軍楽隊と異なってはおらず、いかにも本物らしい模倣であった。囲いの高い柵や灌木の茂みで、視界がひどく妨げられたが、時々兵隊の旗や、槍がチラッと見えた。大名達は彼らの藩兵に、戦争の技術を絶えず訓練させていたのである。そのころ江戸の大名屋敷の傍らを通ると、剣術をやっているような、喧しい物音が聞えた。私が江戸に滞在している間に、同じような音響をしばしば耳にした。もし不幸にして、ヨーロッパ諸国が日本と戦うようなことが起こったら、日本人は、シナ人よりも非常に優秀なことが判るだろう。同時にわれわれは、刀だけで戦うのではないから、勝負の結果については自身がある。しかし、そのような、日本と戦うようなことは、遠い将来のことにさせたいものだ。少なくともわれわれは、日本人が血を流さずに開国したことに、満足すべきかも知れない」

「経歴」

ロバート・フォーチュン(1812年生まれ・英国)

「参考書籍」

幕末日本探訪記―江戸と北京・ロバート・フォーチュン(著)

「関連書籍」
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