2006年09月11日

バチカン公会議

「(日本に対する)都市全体および住民の無差別的な破壊を行った戦争行為は、神と人類に反する罪である」

「経歴」

バチカン公会議

「参考書籍」


「関連書籍」

原爆を投下するまで日本を降伏させるな――トルーマンとバーンズの陰謀・鳥居 民(著)



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2006年08月27日

ウィポブィ

「クラスノヤルスクにあった中間集結地収容所での体験が一番悲惨なものであった。私たちはバラックに収容された。そのバラックには蚤やシラミが大量に発生しており、何日間にもわたり、まったく眠ることができなかった。2〜3日後、同じ所に20〜25人の日本人捕虜が輸送されてきた。日本人を見たのはこれが初めてだった。彼らはほとんど皆、金歯があった。この日からものすごい苦痛の叫び声を毎晩聞くようになった。ソ連兵たちが日本人を殴りつけた上、金に換えるために金歯を折って取り出していたのだということが後になって分かった。この行為は暗闇の中で行われた。金歯を抜き取った後にソ連兵は電気を点灯した。赤い共産党サディストの拷問を受けた血だらけの日本人が私たちの目に入った」

「経歴」

ウィポブィ(ウクライナ)

「参考書籍」

「関連書籍」

もうひとつの抑留―ウズベキスタンの日本人捕虜・藤野 達善(著)

シベリア強制抑留の実態―日ソ両国資料からの検証・阿部 軍治(著)

「参考HP」

ウクライナ人捕虜から見た日本人捕虜

http://www.mii.kurume-u.ac.jp/~abe/jaus8.html

ザクレフスキー

「1948年の6月に私はイルクーツク州のタイシェット市に輸送された。ここで再び日本人と出会った。彼らは歌を歌いながら、作業大隊で工場に向かっていた。しかし、ここでは、彼らと話すことはできなかった。同年の11月に私は再びタイシェットから110キロ離れたブラーツク方面の収容所に輸送された。この収容所には100名の日本軍将校が収容されていた。その途中にも、鉄道建設のために3〜4キロおきに日本人収容所があった。私が収容されていた処は刑務所も兼ねていた。窓には鉄格子があり、昼間でも真夜中でも点呼が行われていた。韓国人やドイツ人もおり、私たちはここから鉄道建設のために作業大隊で強制的に連れて行かれた。ここでは一日に2〜3人の捕虜がまるで野ウサギのように射殺されていた。死体は頭を金槌で割られ、埋める前に掘った穴の中でもう一度機関銃で撃たれた。そして墓地は有刺鉄線で囲まれており、見張り台でソ連兵が監視していた。自分のバラックには仲良くしてくれた日本人「トコシト」がいた」


「経歴」

ヴァシリ・ミハイロヴィチ・ザクレフスキー(ウクライナ)

「参考書籍」

「関連書籍」

もうひとつの抑留―ウズベキスタンの日本人捕虜・藤野 達善(著)

シベリア強制抑留の実態―日ソ両国資料からの検証・阿部 軍治(著)

「参考HP」

ウクライナ人捕虜から見た日本人捕虜

http://www.mii.kurume-u.ac.jp/~abe/jaus8.html

2006年08月15日

シロニー

「アインシュタインをはじめとするユダヤ人科学者たちは、この超兵器をナチ・ドイツに対して使うことを頭においていたのであって、日本への投下を考えていたのではなかった。たしかにヒトラーの同盟国ではあったが、日本は人種差別的なイデオロギーを広めることもしなければ大量虐殺もしていなかった。それどころか、ヒトラーから逃れてきたユダヤ人を助けてさえいた。日本は通常の敵であって、通常の手段で戦い、打ち負かすべき相手だと考えられていた。したがって、原子爆弾の開発に関わった科学者たちは、ドイツは通常手段で倒せるので代わりに日本に原爆が投下されると知って、大きなショックを受けた」

「経歴」

ベン=アミー・シロニー(1937年・ポーランド)

「参考書籍」

ユダヤ人と日本人の不思議な関係・ベン=アミー・シロニー(著)

「関連書籍」

原爆を投下するまで日本を降伏させるな――トルーマンとバーンズの陰謀・鳥居 民(著)

アインシュタイン150の言葉・ジェリー メイヤー(著)

2006年08月11日

シロニー

「日本は、大国の一つとされているにもかかわらずその扱いを受けていないと感じるようになった。日本がとくに憤慨したことは二つあった。すなわち一九一九年にパリ講和会議に集まった欧米列強が、国際連盟は人種平等の原則を認めよという日本の提案を拒絶したことと、一九二二年にイギリスがアメリカとの関係改善のために、二十年続いた日英同盟を一方的に破棄してきたことである。この二つの屈辱を、日本は決して忘れなかった」

「経歴」

ベン=アミー・シロニー(1937年・ポーランド)

「参考書籍」

ユダヤ人と日本人の不思議な関係・ベン=アミー・シロニー(著)

「関連書籍」

シロニー

「このように、アメリカでもユダヤ人は悪条件に遭遇し、日本人はさらに過酷な状況にあったが、そのなかでもアメリカで手に入れた自由によって、彼らは大きく前進した。勤勉で意欲にあふれ、勤労で学業とコミュ二ティーの団結を大切にする伝統が染みこんだ彼らは、数々の大きな障害を乗り越え、アメリカの二大「模範的マイノリティー」になった。第二次世界大戦のユダヤ人と日本人は、もっとも地位の上昇したマイノリティーであり、教育水準は最高で、しかも犯罪率はきわめて低い」

「経歴」

ベン=アミー・シロニー(1937年・ポーランド)

「参考書籍」

ユダヤ人と日本人の不思議な関係・ベン=アミー・シロニー(著)

「関連書籍」

2006年07月28日

シロニー

「第二次世界大戦では、反日本主義も頂点に達した。欧米諸国は、ドイツ人についてはその行為のみを批判して、ドイツ国民とナチとを明確に区別した。いっぽう日本人については、日本人であること自体が批判され、政府と国民とがほとんど同一視された。ドイツは連合国側と同じ人種に属していたために、人種や文化を根拠に攻撃することがむずかしかった。ところが日本は違った文化、違った人種に属していたために、遺伝や人種による劣等性を指摘して攻撃することが容易だった。アメリカの歴史学者ジョン・ダワーの「容赦なき戦争 太平洋戦争における人種差別」には、アメリカの大衆ヒーローで従軍ジャーナリストのアーニー・パイルの戦地レポートが引用されている。

 ヨーロッパでは、危険で恐ろしくはあっても、敵を人間だと感じていた。しかしここへ来てすぐにわかったことだが、日本人は何か人間以下の不快なものと見られている。まるでゴキブリかどぶネズミを見るような嫌悪感を抱かれている。

(略)戦争中のアメリカ人が日本人について語るイメージは、ドイツ人がユダヤ人に使ったのと同じ、けだもののイメージだった。日本人は人間以下の生物、害虫か類人猿として描かれ、その本質的な残忍さは生物学的に決定されたものである。したがって決して変わることはない、と。そうなれば論理的に言って、解決策は抹殺しかない。アメリカ国内のレストランには「当店はネズミも日本人も駆除します」という看板が掲げられ、海軍大将ウィリアム・ホールジーは有名な「ジャップを殺せ。ジャップを殺せ。一人でも多く殺せ」というモットーで兵士たちを鼓舞した。 こうした反日本主義は究極の結論に至る。日本人は日本人であるがゆえに殺さねばならない。ダワーが示したように、日本人は抹殺するのが望ましいという声は、戦時中のアメリカ政府からさえ聞かれるようになっていた」/strong>

「経歴」

ベン=アミー・シロニー(1937年・ポーランド)

「参考書籍」

ユダヤ人と日本人の不思議な関係・ベン=アミー・シロニー(著)

「関連書籍」

容赦なき戦争・ジョン・ダワー(著)

2006年07月08日

シロニー

「ユダヤ人と日本人がよそ者扱いされた最大の理由は、彼らがヨーロッパ人とは違う、劣等人種に属すると考えられたからだった。人種差別主義は十九世紀に一般化し、一見すると科学的、生物学的な事実がその根拠とされた。当時の人種差別主義の考えにしたがえば、西洋文明はアーリア人種による業績であり、アーリア人は他のあらゆる人種よりすぐれていた。セム族や東洋人種が西洋世界に入ってアーリア人と競い合い、伝統的に白人種のために確保されてきた諸分野でこれを凌駕していこうなどということは、西洋文明を危険に陥れるものとみなされた。

成功したよそ者への憎悪は、内的圧力の恰好のはけ口だった。産業革命によってヨーロッパ各地で大きな社会変動が起こり、さまざまな不満と緊張が生みだされたが、共通の敵を憎むことは、そうした社会的変化によってもたらされる心理的ストレスを抑えるうえで、きわめて効果的な方法だった。民族主義と人種差別主義は、容易に見分けられるスケープゴートにそうした不満を向けることで、内的な結束を強化するための有力なイデオロギーだった。その対象とされたのがユダヤ人であり、東洋人種だったのである。反ユダヤ主義はユダヤ人が生まれたときから存在し、宗教的にも社会的にも根深いものだ。それは、キリスト教やイスラム教という体制派宗教を受け入れない頑固な少数民族に対する嫌悪として発達してきた。いっぽう反日本主義は近代的な現象であり、日本が力をつけていくことへの懸念から発生したものである。

だがこの二つの動きには、共通する重要な特徴がいくつもある。どちらも、この両民族の進出を災厄の前兆ととらえて警鐘を鳴らす、という立場をとる。またどちらも、さまざまな方法で対象民族を悪者に仕立てる。すなわち成功を誇張し、それを邪悪な動機のせいにし、陰謀を想像し、道徳的な「われわれ」と不道徳な「彼ら」というイメージで、白と黒とにはっきりと線引きするのである。そして、どちらも過度に単純な説明しかせず、どちらもスケープゴートを探す」


「経歴」

ベン=アミー・シロニー(1937年・ポーランド)

「参考書籍」

ユダヤ人と日本人の不思議な関係・ベン=アミー・シロニー(著)

「関連書籍」
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