2012年10月27日

呉善花

「日本人は心のどこかで、小さなことをコツコツと積み上げていけば、必ず立派なものになっていくということを信じている人たちだ。したがって、うまくいかないのはそうした努力が足りないからだと考えようとする人が多い。(略)中国人はそういうことをほとんど信じていないし、韓国人もそれに次いでいる。理屈としてはわかっていても、そうした方向に意識が向いていかないのである」

「経歴」

呉善花(1956年・韓国生まれ・評論家)

「参考書籍」

日本が嫌いな日本人へ・呉善花(著)




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呉善花

「西欧近代の制度の究極の姿を示すアメリカンスタンダードは、現実を主体と客体に分離し、その「主体の自由」を徹底させたリベラリズムだといってよい。個人という主体、地域という主体、国家という主体、それぞれの主体が自由に活動できる世界を理想としている。しかし日本は、全体と個、主体と客体が分離できない世界にこだわり続け、その調和を理想として独自の近代世界を切り開いてきたのではなかったか。日本人がこの理想を投げ捨て、主体の自由を理想とするイデオロギーに乗り換えていくことなど、私にはとうてい考えられない」

「経歴」

呉善花(1956年・韓国生まれ・評論家)

「参考書籍」

日本が嫌いな日本人へ・呉善花(著)




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フィッシャー17

「日本人の謹厳な信仰心には、ちょっと与することができないところもある。それというのも、五百年、千年と古びた絵画を、日本人は後生大事に護持し、美術品としてかかげているからだ。たとえ完全に褐色し、香煙で損傷がすすみ、黒ずみ、もはや筆づかいの痕も見分けがつかなくとも、日本人はかかげることを憚らない。ここまで固執するとしたら、もはや日本人にならねばならないと思う」

「経歴」

フリーダ・フィッシャー(1874年・ドイツ生まれ・美術史家)

「参考書籍」

明治日本美術紀行―ドイツ人女性美術史家の日記・フリーダ・フィッシャー(著)
posted by 日本人 at 07:57| 文化・芸術・美意識 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

フィッシャー16

「禅宗の到りつくところは、仏教の教えを切りつめ切りつめして深化させてゆき、精神の極度の透明化、思考の一切集中の妙境に達しようとする。しかも禅宗の影響は、芸術、それも水墨画に大きくおよんでいる。 こうした禅風をとおして、いうなれば、日本人の生活様式が形づくられたといってよい。たとえば禅の思想は、精神的、芸術的昂揚を持続しようとする茶の湯において、究竟の表現形式を見出した。じつに、こうした禅精神があればこそ日本は愛されねばならぬと思う」

「経歴」

フリーダ・フィッシャー(1874年・ドイツ生まれ・美術史家)

「参考書籍」

明治日本美術紀行―ドイツ人女性美術史家の日記・フリーダ・フィッシャー(著)

「関連書籍」

禅・鈴木 大拙(著)

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フィッシャー15

「帰路につくひとびとは、自宅の床の間に生けるため、花菖蒲の一束を手にしている。花生けの器が縦長であろうが、横長であろうが、とにかく、ひとびとは生け方をよくこころえている。たしなみのひとつであるからだ。わたしも以前、幾人かの日本人女性と生け花の女性師範のもとに通ったことがある。枝葉と一体であるべき花を、どのような花瓶に、どのように生ければ、花を生き生きと保つことができるのか。どの草花と、どの草花が、たがいに照り映えがよいのか。枝葉はどのように落とせばよいのか。さらには、作法どおりの姿のよい菖蒲をつくるには、どのように火鉢の火にあてて整えればよいのか。これらの作法百般を学び、日本人の精神にどれほど深く自然への感受性が息づいているのか、肌身に感じとることができた」

「経歴」

フリーダ・フィッシャー(1874年・ドイツ生まれ・美術史家)

「参考書籍」

明治日本美術紀行―ドイツ人女性美術史家の日記・フリーダ・フィッシャー(著)

「関連書籍」

いけばな―知性で愛でる日本の美・笹岡 隆甫(著)
posted by 日本人 at 05:47| 文化・芸術・美意識 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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